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「みちるっ!?」
けたたましい足音と、聞いたことのない激しい声を上げながら、凛介はあっという間にやってきた。
「大丈夫っ? どうした――――えっ、小坪さんっ!?」
放心するあたしと倒れた小坪さんの両方を瞳に映して、凛介の動きが固まる。
あたしは何の感覚もないまま、ただ凛介を眺めるしかなかった。
すると凛介はすぐに動き直して、小坪さんに手を伸ば――。
「――触っちゃダメっ」
ほとんど真っ白な思考の中で、なんとかそれだけを伝える。
どうしてを伝える余裕は……残念ながら無いけれど。
「えっ……? そ、それなら早く救急車を」
「意味ないよ」
そんな風に。
凛介の言葉を遮ったのは、遅れて現れた摩子さんだった。
「意味が無いって、そんなはず――……いえ、だったら何をすればいいか教えてくださいっ」
もとからよく気が回る凛介だ。
迅速に思考を切り替えて摩子さんに指示を仰ぐ。
その在り方を――ただただ凄いと思う。
こんな風になりたいと――切実に憧れる。
……無性に。胸の奥底から気持ちの悪い何かが込み上がってきた。
たぶんこれが、情けないとか悔しいとか、そう呼ばれている感情なんだろう……。
「うん。それじゃバケツいっぱいに氷水を用意してくれるかい」
返事より先に駆けて行った凛介を見送ることはせず、摩子さんの瞳はあたしへとスライドした。
「みちるちゃんはタオルをあるだけ持ってきて」
当然のようにあたしにも指示が出る。
摩子さんの声は不思議なまでに落ち着いていた。どころか、慣れている風さえある。でも、そのおかげであたしの世界に幾らかの色が戻った。
「――は、はいっ」
自分で考えなくていいのなら、身体はこんなに動くのに――。
……なんて。後ろめたさを感じる。
もちろん胸にはさっきの気持ち悪さだって残っている。それらから逃げるように、店中を駆け回ってタオルを搔き集めた。
視界を邪魔するほどに積み重なったタオルを抱えて客室に戻ると、一足先に凛介が帰っていた。脇のバケツには氷の割合の方が多いような氷水。
「……あたしにっ!」
あたしは動きを止めずに小坪さんに駆け寄った。
タオルと氷水。
これから何をすればいいのか想像できるくらいには、頭は冷えていた。
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