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そう。
そういうことだ。
熱くなってしまったなら、冷やせば良い。
たったそれだけのこと。
さっそく持ってきたタオルを氷水に浸して、冷たくなったタオルを小坪さんの額に乗せた。何枚もタオルを用意したのは額だけじゃなくて身体中から熱を抜く為、という訳だ。
誰にでもできる簡単な作業。
けれど、どんなに甘く見積もっても――楽な作業ではなかった。
首に。腋に。太ももに。
そうやってタオルを乗せているうちに、額に乗せたタオルが触れないほど〝高熱〟になってしまうのだ。
なんとか端っこを摘んで氷水に浸けなおせば、必然、瞬く間に氷が溶けていく。
額にタオルを乗せなおせば、当然、次は首のタオルが〝高熱〟なっている。
「――俺っ、新しい氷水用意してくる!」
異様とも言える光景に、しかし臆することなく凛介は動き出した。
負けじとあたしも、ひたすらタオルを取り替える。
しかし、どんなに注意していても、ふとした拍子に小坪さんに触れてしまって指先の感覚が消える。気付けば一番最初に触れてしまった指先には小さな水ぶくれができていた。
まるで……いや、まさに火傷だ。
氷水に手を浸す瞬間が無性に気持ちいい。
……ふいに、いつぞやの講義で『人間の生存限界体温は42℃』と聞いたのを思い出した。けれど確かめるまでもなく、小坪さんの体温はそんな次元をはるかに超越している。それこそ文字通り度を超えている。
常識では考えられない〝異常〟でありながら。
常識で考えれば生きていることもまた〝異常〟。
それでもこの瞬間は…………、間違いなく現実。
……小坪さんの呼吸音が部屋に響く。
……荒く、強く。苦しげに。
負けじとエアコンがうなるように冷気を吐き出し始めた。小坪さんの体温が、室温までをも上げているのだろう。
いっそ思い切って、この氷水を頭からかけてしまえば……。
そんな考えに――そうしてしまいたい衝動に駆られる。
……でも。それでは駄目なのだと、あたしは知っていた。
だってこれは〝怪奇現象〟だから。
境界を破って表側に顔を出した〝あやかし〟の仕業なんだから。
……ならば。鎮める方法も、あたしは知っている。
〝おもてなし〟
音の無い声で呟いて、タオルを絞る。
部屋の端で佇む摩子さんはずっと黙ったままだ。
つまりあたしの行動は間違ってない――ということ。
勝手にそう信じて、ただただタオルを取り替え続ける。
ほんの少しでいいから……っ。
〝おもてなし〟されていると感じて欲しいなどという薄い希望ではなく、感じさせるのだという確固たる意志を持って――。
〝からっぽ〟なはずのあたしは、タオルを絞った。
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