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「い――いらっしゃいませっ」
たった一言なのに声が裏返る。柄にもなく、あたしは緊張しているらしかった。
ん゙んっ、と喉の奥で小さく咳払い。声を整えてから顔を上げると――Lサイズのキャリーケースを二つ転がしながら店に入ってきた美女と目が合った。
はっきりとした目鼻立ち。
首筋までで揃えられたショートヘアーがとても似合っている人だ。
「いらっしゃい、巴。久しぶりだね」
「久しぶりーっ、元気しとった?」
と、摩子さんが現れるなり、美女――小坪巴さんの表情がパアっと明るくなる。
アツい女。
摩子さん言葉から、てっきり体育会系の女性だと思っていたのだけれど、小坪さんは想像していたより線の細い女性だった。
白のブラウスに藍色のジーンズというシンプルな格好が、ことさらに線の細さを目立たせている。
「今年もお邪魔させてもらいます」
印象的な笑顔を浮かべながら小坪さんは形の整ったお辞儀をする。
関西訛りの言葉遣いと、奥ゆかしい上品さを感じさせる仕草――明らかに地元人じゃない。京都あたりの人だろうか?
しかしまあ。
アツいは言い過ぎだと思うけれど――確かに明るい印象を受ける人だ。
摩子さんを静的な美人と表すなら、小坪さんは動的な美人。
もしくは陰と陽。あるいは月と太陽。
そんな感じだ。
「うん。部屋の用意はできてるから、さっさと受付済ませて荷ほどきしておいでよ。どうせ今年もスケジュールが詰まってるんでしょ?」
「んー。詰まってる言うより、真っ白やね。まだネタすら浮かんでないわ」
「……相変わらずだね」
「ま、なんとかなるやろ」
イマイチ内容が掴めない会話を聞きながら――はっ、と思い出す。小坪さんの受付はあたしに任されているんだった。
二人の会話が一段落する前に、あたしは受付に回り込んだ。
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