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水田は貧乏な農家に生まれ、保育園児の時も小学生の時も中学生の時もクラス内で背が一番低くて運動も勉強も一番出来なくて身なりも一番みすぼらしかった。
となると、この世には自分の力では変えがたい運命というのが歴然と厳然とあって人生は大体において天分や境遇で決まるものだから水田は悲しいことに皆に馬鹿にされ、苛められ、友達が出来なかった。
お陰で自然と卑屈になり、自虐的になって行き、その儘、高校一年生になると、秘かにクラス内で一番可愛い女子生徒に恋をした。名を優紀と言って運動も勉強も普通に出来て友達も普通にいて男子生徒たちの垂涎の的だった。勿論、水田も垂涎する一人だったが、僕が優紀を好きだと知ったら彼女は絶対嫌がるに違いないと悟りきっていた。にも拘らず好きで堪らなかったが、優紀は彼に見向きもしなかったのは素より他の同級の男子生徒もほとんど眼中になかった。彼女は一年先輩で野球部に所属する中西に憧れていたのだ。彼はスポーツマンで背が高くて唇が美男蔓のように赤く文字通り美男子だった。
で、バレンタインデーになって優紀はチャンスを捉え、中西を捕まえると、「あ、あの、な、中西さんですよね」「そうだけど」「あ、あの前々から、な、中西さんのことが、き、気になっていまして」「どうして?」「あ、あの、ですから、か、か、かっこいいですから」「褒めてくれてありがとう」「い、いえ、あ、あの、それで今日、ば、ば、バレンタインデーですから私、な、中西さんの為に、お、お、お作りしたんです。どうぞ、う、う、受け取ってください」とこんな調子で精魂込めて作った自製チョコレートを綺麗にラッピングした物を中西に渡した。ド緊張し、どもりながらも、もじもじしながらも思い切り媚を売って丁寧語を使って従順な態度で彼に接したのだった。それはもう自分でも気恥ずかしくなるくらい恭しく馬鹿丁寧にだ。渡すだけでも恥ずかしい上にそれだから顔が中西の唇以上に真っ赤になった。
そんな優紀を見て中西は微笑ましくなり、好感を持ち、いい子だと思った。その上、可愛いから付き合う価値はあると判断した。しかし、もてる彼は既に付き合っている子がいるからチョコレートを受け取ってから優紀をものにしようと客気に駆られることなく携帯の電話番号とか連絡先を聞くべきか躊躇した。
すると、な、な、中西さんが、す、すす、好きですと猶もどもりながら優紀が唐突にはっきり告白した上に彼と付き合いたいばかりに形振り構わず自ら電話番号を記したメモ用紙を渡してきた。
余程、好かれてるらしいとほくそ笑んだ中西は、メモ用紙を受け取りながら試しに付き合ってやるかと二股かける気になって分かったよと微笑んで答えた。
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