姿のない君と

3/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
『……これで分かったでしょう? 私があなたと直接話すことの出来ない、本当の理由』  そう言う彼女の声は寂しげだった。俺は確かに仕方の無いことだと思った。けれどそれでも彼女は、俺に直接会いたがっていたはずだ。だからこそ、自身の秘密を、俺に打ち明けてくれたのだ。  俺は、彼女の眠るカプセルに片手を触れる。すぐに凍ってしまうのではと思うほど冷たくて、手のひらが痛くなってくる。 「……俺たち、直接会えてるじゃないか」 『……え?』  俺はもう片方の手で持っていたスマホを、自分の顔の前に向けた。 「だって、君にはこのスマホから俺のことが見えているんだろう? それに俺は今、君の肉体を前にして、君と話ができている。会えたじゃないか、俺たち」  しばしの沈黙。そして、彼女はおかしそうに少し笑うと、『確かに、想像していたのとは少し違うけれど、その通りね』と答えた。  そのまま、俺はしばらく彼女と話をした。いつもと変わらない、お互いの趣味の話。話の途中で、スマホの中の彼女が笑う度に、目の前で眠る彼女もまた、どこか微笑んでいるように見えた。 『あなたと出会えてよかった』  そう彼女は唐突に言った。 『こんな経験ができたの、体を捨ててから初めてだったから』 「俺もだよ」  俺ははっきりと答える。 「君が目覚める時、いつか分からないけれど、そしたら絶対、また直接会って話をしよう。その時まで俺、長生きしてみせるから」  本当に叶うかは分からない。けれど、俺は見たいと思った。彼女の眠る姿だけでなく、真っ直ぐ瞳を俺に向ける姿、目を細めながら口を開けて、俺の前で嬉しそうに笑う姿を。 『ふふ。確かに、それも素敵ね』  彼女も満足そうだった。俺は、それだけで胸が満たされる心地だった。  俺はその後、建物を出て彼女と別れると、そのまま帰路に着いた。  そうして舗装した道路まで出ると、そこにはいつもと同じ、変わらない日常が待っていた。  けれど今の俺は、今まで以上に、とても希望に満ち溢れていた。生きよう、何があっても。未来のあの子と、また直接会って話ができるように。そう決心していた。  そうして、俺は車に乗り込んでエンジンをかけると、そのままその場を後にした。あの山奥から離れていくほど、彼女と離れていく感覚を、心のどこかに感じながら。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!