姿のない君と

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 最近俺は、SNSである女性と知り合った。  彼女はとても謎に包まれた女性だった。プロフィールなどから分かる情報は、日本在住であること、そして漫画やアニメが大好きだということだけ。一体何歳なのか、どんな仕事をしているのか、結婚しているのか等々、彼女の日常に触れるような投稿が無いこともありまったく分からなかったため、本当に存在するかどうかも怪しい、いまいち現実味に欠ける女性だった。  でも、俺と彼女は本当におもしろいように話が合った。漫画やアニメが好きなやつなど、探せば今の時代ごまんといるが、彼女は俺が好きで推しているマイナーな作品まで幅広く知っていて、何より世代が一緒なのか、お互い特段好きな作品が見事被っているのだ。一度会話を始めたら、話が尽きることがない。こんな出会い、初めてだった。  こんなに趣味が合う人が女性だなんて。  きっとこんな人と結婚して毎日暮らせたら、とても幸せなのだろう。文字だけのやり取りだけでも、毎日こんなに喜びを感じることが出来るのだ。そんなの目に見えて明らかだった。  せめてこの人と、実際に一度、直接会って話をしてみたい。  俺はある日彼女に、今夜アプリを用いて通話をしないか、と誘った。プライベートは一切表に出さない彼女だ。断られるかと思っていたが、意外にも了承を得ることが出来た。  約束の時間になると、自分は早速アプリを開き、彼女との通話室を立ち上げた。すると、彼女は間もなく入ってきて、「こんばんは」と挨拶をしてきた。透き通っていながらも、少し低く落ち着いた声。それを聞いて、俺は初めて彼女が、大人の女性であることに確信を持てた。  しばらく漫画やアニメの話で盛り上がった後、俺は勇気をだして、「今度、直接どこかで会えないか」と切り出してみた。断られるのは覚悟の上だった。  彼女から返ってきたのは、意外にも『私も、直接会って話をしてみたい』という、前向きな返事だった。だが、その後途端に黙り込むと、しばらくして、『でも、それは不可能なの』と、小さく呟いた。  俺は「無理」ではなく「不可能」だと言う、彼女の言い回しに引っかかりを覚えた。どうしてなのか、わけを聞いてみるけれど、なかなか教えてくれなかった。海外に住んでいるだとか、何でもいいから、理由を教えてくれさえすれば、俺だってすぐに納得するのに。  彼女は黙り込んでいたが、だからといって通話室を抜けたり、話題を変えるようなことはしなかった。ただ静かな時間が、俺との間に流れていく。  さすがに気まずくなって、話題を変えようかと俺が気を回しかけたその時、彼女から送られてきたのは、一つの位置情報だった。開いてみると、そこは東京のとある山奥だった。 『そこを訪ねてみて。そしたら、私が言った意味が、分かると思うから』  彼女はそう言い残すと、『おやすみなさい』とだけ告げて、通話室を出て行った。  俺は何のことやら、さっぱり分からなかった。けれど、彼女にそう言われた以上、俺には行く以外の選択肢は残されていなかった。そこまで遠い場所ではないし、今度の休日に訪ねてみよう。俺はそう決心した。
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