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2、ゲキカの手足
オレジとエイルが通された部屋は、四人掛けの机のある個室だった。
ソファーは、このまま寝入ってしまいそうなほど座り心地が良い。机はぴかぴかに磨き上げられ、貴族が使うような高価なものだ。内装は簡素ながら品が良く、最上級のおもてなしがここでできることを物語っている。
ローゼとペスカの二人が、部屋に入ってきた。手に料理を持っている。
二人は、急に空腹を思い出した。うながされるまま食べ出して、目を見開く。
「これは、うまいでんな!」
「砂漠と草原の中にも、美味はございますよ。ほほほ…」
髪の長い姉のローゼが、ほこらしげにほほえんだ。
エイルは驚いていた。この島の中でも、蛸巣公国は貧しい国とされている。他の国だとぱっと名物料理が思い浮かぶのだが、蛸巣料理は何か、と聞かれてもすぐにはイメージがわかない。それがどうだ。この豊かな味わい。香ばしい羊肉。味の深いスープ。色とりどりの野菜。彼は少食ではあったが、この時は空腹も手伝って、手が止まらなかった。
「食べておいてなんなんやけど、これ、お高いんやないの? ぼったくりはいやでっせ」
ふと気づいたオレジが、率直に聞いた。髪の短い妹のペスカが答える。
「大切なカプサ様のお客様から、お代はいただけませんわ。どうぞお気兼ねなく…」
食事が一段落すると、デザートとお茶が出た。四人分。…四人分?
それまで給仕をしていたローゼとペスカも、さも当然というごとく、席に着いた。
「改めまして、ここに足をお運びいただき、ありがとうございます。ピンクペッパー家一同、お二人を歓迎いたします」
改まったあいさつを受けて、二人もあわてて頭を下げる。…五色のうちの桃色か。エイルは、カプサから聞いた話を思い出していた。
「カプサ様は、お元気でいらっしゃいますか?」
「ええ。…お二人は、市長とお知り合いなのですか?」
二人が答える。
「カプサ様が、ゲキカ公爵の下で働いていらっしゃった頃から、存じ上げております。まだ幼かった私たちにも、気軽に声をかけて下さいました」
「何しろ、カプサ様は『ゲキカの手足』の一員でいらっしゃいましたから」
…ゲキカの手足? エイルは、何かの聞き間違いかと思った。オレジが問いを重ねる。
「ゲキカ公爵は、手足をケガでもされていらっしゃったんやろか」
「違いますわ。ゲキカ公爵の下で働かれていた五人の優れた家臣のことを、蛸巣公国ではそう呼んでいたのです」
ペスカの答えを、ローゼが補足する。
「ゲキカ公爵は、その天才的な軍略と政略をもって、この国を統一しました。まさに蛸巣公国の『顔』と『心』を体現されておられたのです。その彼を支えた五人。まず『ウデ』ことブラックペッパー・ブラン様。『ハラ』ことホワイトペッパー・ホワト様」
…剛腕で力のあるブラン、腹を満たすお金を稼ぐホワト、というところか。エイルは心の中でつぶやく。
「『コシ』ことレッドペッパー・アカシ様。『カカト』ことトウガラシ・カプサ様」
「…もう一人は?」
「それが私たちの兄、『モモ』ことピンクペッパー・モモガでございます。この店を開いたのも、兄です。私たちは、そのモモガの妹なんです」
「え? だからこの店、『モモ』なんでっか? てっきり桃色のモモかと思うたんやけど」
「もちろん、二つの意味をかけております」
にこっとローゼがほほえむ。オレジは声に出して笑い、エイルも表情を和ませる。なかなかにしゃれっ気のある人だったようだ、モモガさんは。
「では、そのお兄様、モモガ様はどちらにいらっしゃるのですか。ぜひ一度お会いして、ごあいさつを申し上げたいのですが…」
エイルがそう聞くと、姉妹の表情が、すっとくもった。
「申し訳ございません。現在、行方不明なのでございます」
「行方不明? おだやかではございませんな」
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