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3、消えたモモガ
姉妹は、昔の蛸巣公国について語り始めた。
「ゲキカ公爵は、弱小部族の一つに過ぎなかったハバネロ家を率いて、この国の統一に乗り出しました。当然、最初は抵抗も強かった。しかしそのうち、各部族の若者たちを中心に、熱狂的な支持を集めるようになりました。ブラン様やホワト様は、その中心でした。それまでのリーダーにとってかわって、それぞれの部族を率いるようになり、ゲキカ公爵の下に結集し、統一運動の中心となって動き出したのです」
「アカシ様やカプサ様も同様です。アカシ様は、名門レッドペッパー家を率いました。カプサ様は、まったくの無名だったトウガラシ家を率いて、数々の武功を立てました」
エイルとオレジは、この話をうっすらとは聞いたことがあったが、ここまで詳しく聞くのは初めてだった。カプサは、昔話を好まないのだ。
「私たちの兄、モモガもそうでした。しかし兄は、戦場には出ずにゲキカ公爵のそばにいて、彼らが活躍できるようにさまざまな準備を整える役目でした」
「ところが、ゲキカ様が急死されたあと、この街に戻ってきて、私たちにこう言ったのです。『蛸巣公国はこの後、しばらくの間、元の蛸壺に戻ってしまうだろう。私は、身を隠す。この国を強くするために、やらなければならないことがあるのだ。邪魔が入ってしまうといけないので、場所はお前たちにも言えない。その間、すまないが、ピンクペッパー家は二人で力を合わせて支えてくれ。大丈夫だ、必ず戻ってくる』と。しかしその後、兄の姿を見た者は誰もいないのです…」
二人の姉妹は、姿勢を正した。目がうるんでいる。
「お二人がお忙しい身であることは、重々承知しております。ですが、そのお仕事の合間でもかまいませんので、どうぞ兄を探していただけませんでしょうか? お引き受けいただけるのであれば、このピンクペッパー家を挙げて、お二人を全力で支援いたします」
…姉妹は退出した。少し二人で話をさせてくれと、エイルが頼んだからである。
「おい、エイル、どないしょ?」
「…受けた方が良いでしょう。ここでは、僕たちはよそものだ。仲間は多い方がいい。それにしてもあの二人、僕たちの仕事も知っているんですかね。ずいぶん情報収集にご熱心のようだ」
「あの二人、わいたちを味方に引き入れたくて、あんなに豪勢な料理を出してきたんかな。料理以上に高くつきそうやで、まったく」
「でも、カプサ市長のお知り合いのようですし、むげには断れないでしょう」
「それにしても、あんな美人姉妹と仲が良かったんやな。すみに置けんで、うちの市長は。…副市長が聞いたら怒りそうやけど」
「市長と知り合いだったのは、まだ幼かった時、と言ってたじゃありませんか」
「…それにしても、五人の家臣か。手足、やったっけ? それが今では、ばらばらや。ウデとハラとが派閥争い、コシはどっちか知らんけど、モモは行方不明、カカトだったカプサ様は国を出て、セット・グーで足場を固めたっちゅうことか。ふん、この国は今、足がない幽霊ってわけや。こりゃあ、動くに動けんやろ。まとめるの、大変やで!」
「部族ごとの対立もありそうですしね…。彼女たちが、他の部族にずかずかと入り込んで情報を集めるわけにもいかないんでしょう。セサミ先生も言っていましたけど、今回の仕事は、よそものである私たちが、蛸壺に入り込むチャンスなのかもしれません。そういう状況もあって、あの二人は私たちに頼んできた」
エイルは、腕組みをして少し考えていたが、言った。
「ともかく、彼女たちの依頼を引き受けて、モモガさんを探しましょう。もちろん、それぞれの仕事をしながら。それでしばらくたったら、この店で集合して、情報の共有を行いましょうか」
「よっしゃ、そうしよ。ほんなら、次の集合はいつにする?」
「今日はちょうど満月です。…次の満月の日に」
「それでいこか」
姉妹に依頼を引き受けることを伝えると、彼女たちは喜んだ。
「どうか、よろしくお願い申し上げます」
オレジは、二人の気を楽にするように、すかさず言葉をかけた。
「今度この店に来る時にも、今日みたいにうまい料理を用意しといてや! 楽しみにしとるさかいな!」
この男は、しっかり雰囲気を和らげてから、人と別れる。こういうところがあるから、憎めない男なのである。エイルは、そう思った。
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