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第1章:蛸壺の閉塞 1、朝飯前
朝の光がきらめく大通りである。ぼさぼさのオレンジ色の髪をかきながら、「今日は晴れそうやな」とチンピ・オレジはつぶやいた。
ここは、セット・グーの街。十字の形をしたミックススパイス島の、ほぼ中央。島の中でも有数の経済都市とされている。
島の東西南北、それぞれの地域には、四つの強国がある。東にある間坊(まぼう)帝国、西にある蛸巣(たこす)公国、南にある加麗(かれい)王国、北にある数婦(すうぷ)共和国だ。それらの強国に四方をはさまれているセット・グーは、以前はただの貧しい街であった。しかし今はそうではない。現市長であるカプサの指導力によって、他国と並び称されるほどの勢力を保っていた。
「さあて、エイルのやつ、どこにいるんやろか」
彼は『人事師範』エイルを探しに、飲食店が立ち並ぶこの大通りにやってきていた。
ふん、また新しい店ができたんやな。来るたびに入れ替わる色とりどりの看板を見ながら、彼は満足そうにうなずく。新しい店が次々に開店するのは、この街の経済が順調に発展している証拠でもある。『財務師範』であるオレジは、つい経済的な視点から街並みを見てしまう。エイルなら「この店の店員さんは朝早くから夜遅くまで働いているけど、ちゃんとそれに見合ったお給料はいただいているんでしょうか」とか言うんやろな…。
彼はそんなことを考えながら、ある店の前で足を止めた。窓の外から、ちらっとエイルの白っぽい飴茶色の髪が見えたような気がしたからだ。
「ここか?」
その店は、『ターメリック』という名前であった。まだ朝早い時間にもかかわらず、多くの客でにぎわっている。この店は確か…。
オレジが店内に入ると、食欲を刺激するスパイシーな香りがまとわりつき、彼の腹がぐうと鳴った。ふふん、うまそうやな。店内はそれなりに人がいたが、彼の探しているエイルは、店の奥のほう、四人掛けのテーブルに座って、何やら話し込んでいた。
「あっ、チンピ・オレジ師範! おはようございます!」
エイルと話していた三人の若者たちが彼に気付き、立ち上がって礼をした。エイルがゆっくりと振り向く。オレジの顔を見て笑顔になった。
「オレジさん! おはようございます。珍しいですね、朝から」
「よ、おはようさん」
オレジも気さくな男である。手を振って彼らに座るように言ってから、自らは近くの二人掛けのテーブルについた。
「ここがあのウコン師範のご家族が開いたお店なんか? なかなかの人気やないか」
ウコン師範とは、加麗王国からやってきた、ターメリック・ウコンという元大臣の名前である。今はカプサ学校で、『政治師範』として活躍していた。
「ええ。本場の加麗料理が食べられるとあっては、美味しいものに目がないセット・グーの市民たちが黙っちゃいませんよ」
「で、この店は何が美味しいんや?」
「…それは、隣のお二人に聞いてみてはいかがでしょうか?」
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