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2、四人の師範
「隣?」
オレジが振り向くと、そこには女性客が二人。一人は小柄、もう一人は長身だ。
二人ともフードを目深にかぶっており、気配を消して、一心不乱に料理を食べていたので気付かなかった。テーブルの上の皿は、すでに何枚か空になっており、積み上げられている。
「…イヌエねえさんと、コツブやないか!」
彼の声に二人が顔を上げる。
コツブと呼ばれた小柄な女性は、「しっ」と言うように人差し指を顔の前に立てた。イヌエと呼ばれた長身の女性は、キッとオレジをにらみ、彼のすねを思い切り蹴飛ばした。彼はぐっとくぐもった声を上げ、歯をくいしばって痛みに耐えた。
「ばか、他のお客さんに気づかれたらどうすんのよ!」
「…こらまた、失礼しました。いてて…」
オレジを蹴飛ばした女性は、素知らぬ顔で皿に向き直る。
シソ・イヌエ。『広報師範』として名高い彼女は、市民の前に出て話をすることも多い。いわば歩く広告塔である。彼女と同席しているのは、サンショウ・コツブ。『剣術師範』として名高い彼女は、この街の危機を救ったこともある英雄の一人だ。高名な剣術使いで、街の人気者。確かにこの二人が一緒にご飯を食べていたら、その姿を見つけた市民から、握手やサインをねだられかねないだろう。
「…人気者はつらいでんな。おしのびで朝ご飯でっか。それなら、お持ち帰りにしてもろうて、カプサ学校で食べればよろしいのに」
幸い、彼女たちに気付く者はいなかったようだ。オレジの小声に、コツブが答える。
「ここの加麗料理は、できたてが美味しいんですよ、オレジさん」
「そうよ。特にこの豆煮込み。前に加麗王国の港のある街、タンドーリで食べたのも美味しかったけど、ここのも絶品だわ! うーん、どうやったらこの味が出せるのかしら…」
オレジは、自分が空腹であることを思い出した。
「ほな、わいもその豆煮込みのセットにするわ」
注文を終えて、一息ついたオレジに、イヌエが小声で言う。
「オレジ、あんたは、少し食べるのを控えたらいいんじゃないの。また太るわよ」
「小太りぐらいのほうが、長生きできるんでっせ。イヌエねえさん」
「小太りねえ…。ちょっとは運動しなさいよ」
「せやから、朝飯前の運動も兼ねて、歩いてエイルを探しに来たんやないか…。おっと、忘れるところやった。エイル。カプサ様がお呼びやで」
「市長が?」
彼らは、市長であるカプサが作った「カプサ学校」の師範である。また、七色党という市長が率いるグループの一員であるから、ただちに行かねばならない立場だ。
すぐにでも、と立ち上がったエイルを、オレジは押しとどめた。
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