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3、エネルギー補給
「そないに焦らんでもよろしい。集合は、一時間後や。腹が減っては仕事もできん。まずはわいの空腹を満たしてからや」
「え、オレジさんも市長に呼ばれているんですか?」
「そうやで。…エイルは、ここで何をしてたんや?」
「彼らと朝食を食べながら、朝の研修会をしていたんです」
エイルと同席していた若者たちが、ぺこりと頭を下げた。オレジにも見覚えのある顔。四人も有名な師範が揃っているので、緊張しているようだ。
師範レベルになると、下の者の指導を行うことも多くなる。もっとも、カプサ学校に「先生」はいない。決まった時間割もない。各自が好きな分野を好きなだけ学ぶ仕組みになっている。得意な技を磨けるかどうかは、すべて自分次第なのだ。その中でも「人事」に興味のある者が、人事の第一人者であるエイルに頼み込んで、自発的に研修をしてもらっているとのことだった。
「オレジさんのところにも、たくさん研修生がいるんでしょう? こういうお店に連れてきたりはしないんですか?」
セット・グーが経済都市であることもあり、財務は人気の科目の一つだった。その財務の第一人者であるオレジの下には、エイルの何倍もの研修生がいるはずだ。
しかし、彼はかぶりを振った。
「人がまた増えてしもうてな。いちいち店に連れてくると、わいが破産してしまうんや。主だった者を中心にグループ分けしてな、それぞれグループ長を決めて、会計の特訓をさせとる。ま、日中には街で働いている人も多いからな。ほとんど夜に教えとるんやで」
「…君たちも、一度オレジさんのところで、お金のことをしっかり学んできた方がいいね。良い人材を見つけるのも、人の可能性を高めるのも、お金がかかるものだよ。人事と財務はセットで考えなければ、良い仕事はできないんだ」
エイルに言われて、研修生たちは真剣な目でうなずく。
「いいこと言うやないの、エイル。そや、財務は基本やで。お金は、力や。もしわいのところに来たら、ここの豆煮込みみたいに、一からじっくり煮込んでやるさかいな!」
おどけたオレジの口ぶりに、研修生たちが笑った。
…エイルもちゃんと「師範」をしとるやないか。彼のことを以前から知っているオレジは、自分の弟分の成長を見るような気がして、何だかうれしくなった。この時、エイルとコツブは二十一歳。オレジとイヌエは、さらにそれより年上で先輩だ。もちろん、イヌエに年齢を面と向かって聞く度胸は、オレジにはなかった。
イヌエとコツブが立ち上がった。テーブルの上の皿は、きれいに空っぽだ。
「じゃ、先に行くわね。私たちも、これから研修をしてあげなきゃ」
二人が店を去ると、積み上げられた皿をちらりと見て、オレジはエイルに聞いた。
「…あの二人、全部これを食べたんか、朝から?」
「あの人たちの食欲は底なしですよ。うらやましいなあ」
エイルはほわほわした笑顔で言った。彼は少食で有名なのである。
「まあ、広報も剣術も、エネルギーを消費するからな」
エイルは少し首をかしげると、言った。
「…オレジさん。市長からの呼び出しとは、こちらもエネルギーを消費しそうですね」
「まったくや。身も細る思いや。今のうちにしっかり補給しとかんとな」
オレジはそう言うと、出された豆煮込みをぱくつくのだった。
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