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4、市長室にて
エイルとオレジは連れ立って、市長室に到着した。カプサは不在であった。
集合時間には、まだ余裕がある。しかし二人の先客がいた。一人は小男で、右目に眼帯をしている。ケシノミ・ツブラである。エイルと同じ二十一歳の若者で、『警備師範』として仕事をしている。表向きは。しかし裏では『暗殺師範』という、ぶっそうな仕事をしている男なのだ。二人を見て、静かに会釈をする。もう一人は…。
「ヘンプ先生!」
エイルに先生と呼ばれた男は、声のしたほうにゆっくりと顔を向けた。アサノミ・ヘンプというのが、この老人の名前である。身体を動かすのも大儀そうだ。その目は茶色の手ぬぐいでおおわれている。昔から目が不自由なのである。
「…エイルか。久しいのう」
「先生もお元気そうで、何よりです」
「そっちにいるのはオレジか。…少し太ったか?」
「そんな気配がするんでっか? まあ、小太りくらいのほうが長生きできる、と言いますやろ? ごぶさたしとります、顧問」
ヘンプは、カプサ学校を実質的に作り上げた大先輩である。今は七色党の顧問という肩書をもらって、表舞台にはほとんど出てこない。セット・グーの郊外の自宅で隠居しているはずだ。その先生が、わざわざこの市長室にまで足を運んだということは…。エイルは、次の仕事が、かなり大がかりになることを感じた。
「よお、待たせたな」
突然ドアが開き、野太い張りのある声が市長室に響いた。カプサ市長である。赤いひげが口元でゆれている。堂々とした大男で、服の上からでもその筋肉が見える。
「ちょっと打ち合わせが長引いてね。じいさん、待たせてごめんよ」
市長の後ろから入ってきたのは、カプサの妻であり副市長も務めるクロゴマ・セサミであった。黒髪を腰まで伸ばし、鋼のようにすらりと引き締まったスタイル。エイルの剣術の先生もしていたこともある女傑であった。この二人が同時に攻めてきたら、どんな敵もはだしで逃げ出しそうだな。エイルは二人に会うたびに、いつもそう思う。
六人が、円卓について顔を合わせた。
それぞれが仕事を抱える、忙しい身である。カプサは、すぐに用件に入った。むだな時間を使わず、単刀直入に斬り込むのがこの男の流儀である。
「オレジ、エイル、それにツブラ。三人に蛸巣公国へ仕事に行ってもらいたい」
「…蛸巣公国へ?」
セット・グーの西にある、砂漠と草原の国。…しかも。
「市長のふるさとやないですか。市長の代わりに、里帰りでもするんでっか?」
オレジは、市長の前でも軽口は欠かさない。見かけによらず度胸のある男である。しかし守るべき礼儀は心得ているから、誰からも憎まれにくい、得な性分でもあった。
「里帰りは、まだ先の話だ。実は蛸巣公国から、こんな手紙が来てな…。セサミ、手紙を読んでくれないか」
「あいよ」
セサミは手紙を読みだした。むろん、目の見えないヘンプへの心づかいである。
手紙の中身は、簡潔に言うと、もっと商売をさかんにしたい、つまり財務の強化をしたい、ついては人材を派遣してくれないか、という内容だった。それならば、「財務師範」であるオレジは適任だろう。しかし、とエイルは思った。この仕事に、三人揃って行けということなのだろうか?
エイルのけげんそうな顔を見て、市長が言った。
「…実はな、もう一通、別のところから手紙が来ているんだ」
セサミが、最初の手紙を円卓の上に置き、もう一通を取り出して、読み始めた。
こちらは、もっと採用を強化して人材を集めたい、つまり人事の強化をしたい、という内容だった。…同じ国から、同時に二通、手紙が来ているということか?
「なんや、わけわかりまへんな。財務と人事、両方を強くしたいんなら、一通でまとめて書いて、頼んでくればええやないですか」
オレジがそう言うと、エイルとツブラもうなずいた。
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