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5、分裂する蛸
「…おぬしたちに、蛸巣公国の現状を少し、説明しようかの」
ずっと黙っていたヘンプが、口を開いた。全員の背筋が、心持ち伸びた気がする。ヘンプは「降神のアサノミ」とも呼ばれ、その見えない目の奥で、神が降りてくるかのように情勢を見通すことができる、とも言われている。ここにいる全員が、その底知れぬ知力、情勢を見通す眼力に敬意を持っていた。
「エイル、蛸巣公国の地理は覚えておるか?」
以前に、ヘンプの元に通いつめていた頃のことを、エイルは思い出した。…師匠の「講義」も、久しぶりだな。地理は諸学の基本じゃぞ、と、何度言われたことか。
「はい、その国土のほとんどが砂漠と草原ですが、西の端の港、ラートナーの周辺だけは、少し気候が異なります。一定量の雨が降って、少しですが森林もあるようです。他の地域では、首都トルティヤをはじめ、点在するオアシスを中心に街がつくられています」
「うむ、では、蛸巣公国の政治体制は?」
「公国、と言うだけあって、政治的なリーダーは公爵です。以前はハバネロ・ゲキカ公爵が国をまとめていましたが、今はその妹である、ハバネロ・サルサが公爵位を継いで治めています。ただ、ゲキカ公爵の頃のようにまとまっている感じではありませんが…」
そこまで言って、エイルは、はたと思い当たった。
「もしかして、この二通の手紙は、サルサ公爵から来たのではなく、異なるそれぞれの勢力から来たということですか?」
ヘンプは、にやりと笑顔を作った。弟子であるエイルの成長がうれしいようである。
「そうじゃ。よくぞ見抜いた」
カプサが言葉を継いだ。
「あの国はな、もともと『蛸壺』と呼ばれる閉鎖的な部族がたくさんあるんだよ。部族同士が争って、けんかばかりだったのさ。それをまとめたのがゲキカ公爵だ。あの人は、とてつもなく強かった」
そもそもカプサは、蛸巣公国の将軍の一人として、ゲキカの下で働いていたのだ。それが色々あって、今ではセット・グーの市長になっている。彼と、妻であるセサミ、それにヘンプを中心として、力を合わせてこの街をまとめてきたのだ。さぞや表には出せない裏話がたくさんあることだろう。…しかし彼は、それ以上は昔話をしなかった。
「いまの蛸巣公国は、まとまっていない。分裂している、と言ってもいいだろうな。大きく分けて二つ、小さく分けると五つの勢力に分かれている」
「二つと五つ?」
ここで再び、ヘンプが口を開いた。
「首都であるトルティヤ。港のあるラートナー。この二つの街が、蛸巣公国の両足じゃ。軍事の中心はトルティヤで、経済の中心はラートナー。それぞれに、リーダーがおる。一人は、トルティヤにおるブラックペッパー・ブラン。もう一人は、ラートナーにおるホワイトペッパー・ホワト。…まあ、黒色と白色じゃな。この二人が、お互いに派閥を作って、争っておるようなのじゃよ」
「ブランとホワト…」
「ブランは、軍務省の大将軍にして軍務大臣。軍隊をにぎっておる。一方でホワトは、政務省の政務大臣。財布をにぎっておる。戦力はブランで、財力はホワト。わかるか」
ここで、オレジが口をはさんだ。
「ほな、その二人がそれぞれ個別に、このセット・グーに依頼してきたんですやろか」
「その通りじゃ。軍務省のブランは『戦力をさらに高めたい』、政務省のホワトは『財力をさらに高めたい』とな。自分たちの得意なところをさらに伸ばして、競争相手を圧倒したいんじゃろうの」
「となると、戦力を欲しがっとる黒色のブラン大将軍のところにエイルが、財力を欲しがっとる白色のホワト大臣のところにわいが行けばいいんでっか?」
「ふむ。この依頼内容じゃと、そうするのが自然じゃろうがな…」
ヘンプは、少し考えるような表情を見せた。ここで、ずっと黙ってみんなの話を聞いていたツブラが口を開いた。
「五つの勢力、と市長はおっしゃいましたよね。もう三つは?」
左目が、きらきらしている。この男は「警備師範」にして「暗殺師範」である。複雑な状況を知ること、それ自体が楽しそうであった。カプサが答える。
「おう、それだ。黒と白のほかにもな、赤と緑と、それと桃色があるんだ」
「…えらいカラフルでんな」
一同の感想を、オレジが代表して口に出す。カプサはにやっと笑って続けた。
「レッドペッパー家。グリーンペッパー家。ピンクペッパー家。これにブランのブラックペッパー家とホワトのホワイトペッパー家。この五つが、蛸巣公国の中で特に有力な部族なんだ。それぞれが、ブランとホワトの派閥にからんでいる。もっとも、それぞれの部族が一枚岩とは限らないし、他の部族もいる。そのあたりは、現地で探るしかない」
ツブラが疑問を差しはさむ。
「…公爵家はどうなんですか?」
「ハバネロ家はな、その五つの部族のどれにも属さないんだ。もともと無名の小さな部族だったんだが、ゲキカ公爵の剛腕で蛸巣公国として無理やりまとめてきた。だが、今のサルサ公爵にそれだけの力はない。…いずれは引退して、ハバネロ家は表舞台から退場するだろうな。五つの部族の誰かが、公爵の位を継ぐことになる、と俺は思う」
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