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6、臨機応変
エイルは、ここまでに聞いたことを、頭の中で整理していた。
強いのは「ペッパー」がつく部族たちで、五色ある。特に黒と白。次いで赤と緑と桃色。公爵家もあるが、そんなに強くはない。黒のブランは戦力、白のホワトは財力をにぎっている。この二つの勢力から、それぞれ依頼が来たとなると…。エイルはたずねた。
「この仕事の落としどころとしては、どうすれば良いのでしょうか?」
五人が、エイルの顔を見る。
「黒と白をそれぞれ強くするだけでは、その二つが内乱を始めてしまう危険性があります。蛸巣公国が分裂するだけなのではないですか?」
その質問に、カプサ、セサミ、ヘンプの顔色が変わる。オレジとツブラの二人が、改めてエイルの顔を見直した。鋭い。五人は改めて、この男の洞察力に感じ入った。
「…どっちかだけの依頼を受けたらええんちゃいまっか? 別に二つとも受けんでもええやんか。見返りが大きい方だけを選ぶのも、ありでっせ」
オレジがばっさりと言う。
「もしくは、どっちも受けない、という選択肢もありますよね」
ツブラもそれに乗っかって意見を言う。
だが、カプサは首を振った。セサミは考え込む表情。ヘンプが重々しく口を開く。
「いや、ここで依頼を受けないと、少々困ったことになるんじゃ」
「と言うと?」
「実は、ガーリック・ミジンの手下どもが、蛸巣公国に入り込んでいるらしくての」
その名前を聞いて、エイルは、背筋に冷たいものを感じた。
エイルはかつて、「剣術師範」のコツブとともに、島の南部にある加麗王国に仕事に行ったことがある。そこで、このミジンという男に殺されかけたのだ。剣聖と言われたミジンの剣先は、恐ろしく鋭かった。彼らは、加麗王国を分裂させようともくろんでいたのだ。しかし、エイルやコツブの活躍で彼らのもくろみは失敗した。さぞエイルをはじめ、セット・グーのことを恨んでいるだろう。
…となると彼らは、今度は蛸巣公国を分裂させようと考えているのだろうか。
「奴らは、わしらと同じように、仕事を請け負う組織じゃ。しかしその目的は、国を分裂させて、力を弱めることにある。わしらと逆じゃな。ミジンたちは分裂させ、ばらばらにすることを目指す。わしらは統合させ、まとめることを目指す。わかるか」
「…となると、もしや」
エイルは気付いた。先回りして、カプサが言った。
「そうだ。エイルはブラン、オレジはホワト、それぞれのところに行って、力を伸ばすことを考えてほしい。だが、それだけでは不十分だ。同時に、状況に応じて臨機応変に動いて、できるだけ蛸巣公国を一つにまとめる方向へと進めてほしいんだ」
「…そ、それは難しいんやおまへんか。そもそもあそこは蛸壺や、と言ったのは市長ですやろ。ばらばらのところを、よそもんが入り込んでまとめるっちゅうのは…」
「よそものだからこそ、やれることもあるのさ」
カプサは、真面目な顔をして、言った。
「難しいのは重々承知の上だ。大丈夫だ、お前たちなら、やれる」
ここでセサミが口を挟む。
「これはチャンスなんだよ。もともと砂漠と草原の民たちは、よそものがやってくるのを嫌がる。それなのに今回、力を貸してくれ、とあちらから頼んできたんだ。おそらく、ゲキカ公爵の下で、一度まとまったことが大きいんだろうね。それが今、分裂の危機だ。彼らは、内心では迷っている。このまま分裂して元の蛸壺に戻るべきか、それとも新しく再生するかで…。ほら、剣術と同じさ。一度、身体全体に覚えさせた剣筋は、なかなか変えられないだろう? 半分お飾りとはいえ、まとめ役の公爵がいるうちが勝負だ。もしこれでサルサ公爵がいなくなったら、それこそみんな蛸壺に戻っちまう」
ここでツブラが、『暗殺師範』らしい意見を出す。
「となると、ミジンたちが狙うのは、サルサ公爵なのではないでしょうか。もし私が奴らの一員だったら、真っ先にサルサ公爵の暗殺を狙いますよ」
「そこで、おぬしの出番なのじゃよ」
ヘンプが話の流れに乗った。カプサが言った。
「ツブラ。お前は隠れて蛸巣公国に潜入して、サルサ公爵の命を守ってやってほしいんだ。表立っては依頼を受けていないが、守る分には文句は出ないだろう。もちろん、ずっと公爵を警備するだけではなく、必要に応じて自由に動き、エイルとオレジを手伝ってくれ。…エイル、オレジ、ツブラ。確かに、今回は難しい仕事だ。しかし、もう一度言うが、お前たちなら、やれる。頼む」
そう言うと、カプサは頭を下げた。この男は、強引にことを進めることもあるが、人が嫌がることを強要することはしない。市長に頭まで下げられては…。
「わかりました」
三人は、そう言わざるを得なかったのである。
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