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彼女に連れられてやってきたのは、全国チェーンのドーナツ屋。
何でも、「割り引きクーポン貰ってて、有効期限が今日までなんだよね。」ということらしい。
まあ、そういうことでもなければ誘われるなんてこともないですよね、俺は。
まあ、でも自分もそのクーポンを使わせてもらったわけだから文句はないんだけど。
「ここにしよっか」
と、彼女がトレーを置いたのは二人がけの席。
必然的に向かいあわせでトレーを置く。
「いっただっきまーす!」
にっこりと嬉しそうにドーナツを頬張る彼女。
作業中から思っていたが、彼女は何をやるのも楽しそうだ。
なんだか、
「かわいいな」
と緊張していた心が和む。
「え?」
と、彼女が食べるのをやめ、こちらをまじまじとみる。
うわっ、声に出てた!
「ご、ごめん、つい。」
恥ずかしくなって目線を外す。
「恥ずかし、、」
言いながら彼女も下を向く。
「不意打ちは、卑怯。」
と、彼女は抗議の眼差しを俺に向ける。
その表情や仕草がまた、可愛くてたまらない。
「そっ、そっちこそ。」
卑怯だ、そんな顔見たら、どうすればいいんだ。いや、もう、どうにでもしてくれ、、、
しばらく沈黙が続いたあと、
「・・・食べなよ。」
と、彼女は俺のドーナツを指さす。
「あ、うん。」
と答えるも、俺の胸にそんな余裕はない。
どうしたもんか、とドーナツを見つめ考え込む。
無論、ドーナツを食べるかどうかを考えている訳では無い。
俺の目下の関心は食欲とは遠い所にあるのだ。
はっきりいってこういう感情は初めてで、俺の頭は混乱を窮めた。
「ドーナツ、嫌い?」
と声をかけられ、ハッと彼女の方を見る。
少し、不安げな彼女と目が合った。
「そ、そんなこと、ない、けど、、」
慌てて俺は言い繕う。
「けど?」
彼女はまだ不安そうだ。
「た、食べますっ」
俺は勢いよくドーナツを掴み、パクパクっと口に放り込んだ。
食べ終えて店を出、駅まで彼女と並んで歩く。
「ごめんね、少し強引過ぎたかな。」
彼女は自重したように言う。
そうですね、強引過ぎですね、うん。
「ソンナコトナイデス。」
何故か片言で返事をするヘタレな俺。
「やじゃなかったら、また誘っていい?」
「へ?なんで?」
まさかの申し出に戸惑う。
「ホントはね、お礼でご馳走したかったんだけど、結局あなたが自分で出しちゃったから、その。」
「な、なんのお礼?」
理由もわからず奢られる訳にはいかない。
あなたは覚えてないかもしれないけど、と彼女は前置きしてから話してくれた。
彼女は詩作が趣味でいつも手帳を持ち歩いていたのだが、その時はうっかり机の上に出しっぱなしにしてたらしい。
それをたまたまクラスメイトが中を見て、笑いものにしていた。
それを俺が制して、こっそり彼女に返したのだと言う。
「『人が一生懸命書いたものを笑うな。そもそもこの詩の良さが理解できないお前らの方がおかしい。』って、あなたが言ってくれて。」
「そ、そんなこと、言ったかな」
そう言いながら思い出した。
あれは、自分も同じようなことされてすごく傷ついた経験があったから、それを思い出して非常に腹が立ったからだ。決して彼女のためでは無かった。
「人に読まれてすごくショックでイヤだった、恥ずかしかったけど、あなたが私の詩を認めてくれたから。」
「や、えっと。でも、いいもんは、いい、し。お礼はいらない。」
「それじゃ私の気が済まないし。というか、なんというか。」
「う、うん」
「また、一緒にお茶したい、、ダメかな。」
上目遣いで俺の顔を覗き込む彼女に向かって、NOと言える能力は俺にはない。
「よ、よろこんでっ」
と場違い感半端ないセリフを言う俺に、彼女はその愛らしい顔を綻ばせたのだった。
《完》
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