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どれくらい抱き合っていただろうか。
「あ、ねえ、ちょっ」
彼女が少し顔を離して言う。
「ん?」
「ここ、ほら・・・」
彼女が視線を辺りに巡らせ、俺もつられて見回す。と、我に返る。
人気が少ないとはいえ、公園の中。
このまま抱き合ってるのはさすがにまずい、か。
「移動しよっか」
そう言って2人で立ち上がり、ホコリを払う。
そして二人並んで歩き出した。
なんか照れくさくて、お互い何も言わずに、ただ歩幅を合わせて歩く。
フラれて告られて、半日のうちに地獄から天国に昇った俺は舞い上がっていた。
これからが楽しみで仕方がない。
自分がどれほど幸せな顔をしているだろうかと気になり、ちょうど通りかかった店のショーウィンドウを見やる。
そこは何やら満足げな笑みを称えた俺が映っていた。
『とりあえず、今日はこれで。また連絡するし。』そう言って彼女と別れ、家路を辿る。
1人で歩きながら、ショーウィンドウの俺を思い出す。
ヤバい、やらかした。
あそこに映っていた男は横にいる女を愛していなかった。
ただ欲を満たしただけ、満腹の時の俺と同じ顔だった。
俺はやってしまった。
雰囲気に呑まれた。
大切な、いちばん大事な友達を、失ってしまった。
俺は自分の満たされない欲望で、彼女の純粋な想いを汚したのだ。
あの時俺は、俺を受け入れ、癒してくれるなら誰でもよかった。
俺の自尊心を保ってくれるなら、誰でも。
だけど、今までいい事も悪い事も全部一緒にやってきた無二の親友はあいつで、それは他の人間では代わりにならないものだ。
友としてのあいつを失うダメージの大きさは計り知れず、自分の愚かさと自制心の弱さが綯い交ぜになって俺を苦しめた。
明日から、どんな顔であいつに会えばいいんだろうか。
どんな言葉をあいつと交わせばいいのか。
考えが浮かばない。
いっそ、関係を絶とうか。
いや、それは耐えられない。
友達としてのあいつを失った上に、二度と会わないなど、出来るはずがない。
答えが出ないまま時間だけが過ぎ、俺は流れに身を任せるしかなかった。
《完》
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