第二章

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第二章

 ラナとロンハルトの二人組は、まず西のドゥロソという国に入った。ロンハルトへは、この国を通過しなくてはたどり着けない。  ドゥロソは乾燥した荒野の国で、地平線まで一面を赤い土や岩が覆っている。時々、緑の生い茂ったオアシスや、川辺の集落が見えるほかは、きつい道が続く。  しかし、ラナはそんなことには全く動じない。 「さっき、夢にものすごい美少年が出てきたの!!」  朝。  ラナは目が覚めた瞬間に、キラキラした目で叫んだ。  とっくの昔に起きていたデュドネも、この声でやっと目を覚ましたオーバンも、そろって呆れた。 「金髪で、腕に金色の石がはまったブレスレットをしてた!」 「金色の石……」 「それって……」  デュドネが目元をゆがめ、オーバンも妙な顔をしたが、ラナは夢の美少年に夢中で、それに気がつかなかった。 「しかもすごくはっきり見えたの!ぜったい予知夢よ!予知夢!前にもサーカスの女が夢に出てきて、次の週に、ほんとにロドルハにサーカスが来たんだから!」 「おめでたい頭だな」  デュドネが心底呆れた冷たい声でつぶやいた。 「あ~でもさ、ファ~!」オーバンがあくびをした「確か、シンシア様も前に予知夢をご覧になったんだよね。王が求婚してくるっていう」 「そんなのは予知夢でもなんでもない、誰でも予測できることだ」  デュドネは荷物をまとめながらつぶやいた。 「ロンハルト王家は代々ツヴェターエヴァに求婚して、断られているからな」 「王様に求婚されたの!?」  私のいとこが!?と付け足そうとして、ラナは一応やめた。自分の今までの暮らしと、『王様』とか『求婚』という言葉が、どこか結びつきがたく感じたから。 「断ったがな」 「もったいない……」 「何がもったいないだ、俺たちはその王様に敵対してるんだ」  デュドネは当然のことのように言い放ったが、ラナはそこで目をぱちぱちさせた。 「王様と敵対?」 「わかりやすく言うとね、今のロンハルト王は悪い人なんだ」オーバンが子供っぽく説明した「気に入らないことがあるとすぐ人を処刑するし、税金は重くなる一方。それで、王様の弟で、大魔道士の称号を持っているアンセルム様に助けを求める人が増えてね」 「おかげでアンセルム様が塔に幽閉された」 「えっ?」 「シンシア様は、アンセルム様を助け出したいそうだ。それと、ロンハルト王が攻め滅ぼした国の王女と王子が、魔力の封印の下にある。それを解くのに……」  デュドネは、苦々しい顔をしながら、ラナの手元にあるアメシストの杖を指差した。 「それの使い手がどうしても必要だった。じゃなきゃこんな小娘をわざわざ……」  小声でぶつぶつ言いながら、デュドネは荷物を背負って歩き出した。 「え?ちょっと!待ってよ!まだ起きたばっかりなのに!」 「まだ片付けてないよデュドネ~!!」  ラナとオーバンは、あわてて荷物をまとめ始めた……。  荒野のちょうど中心部、ドゥロソの首都が近づいたところで、デュドネが突然立ち止まった。 「どうしたの?」 「お出ましのようだ!」  デュドネがにやりと笑い、オーバンが剣を抜いてラナを背に回す。  手前の岩陰から、緋色の覆面の男たちが、ぞろぞろと出てきた。 「何……?」 「たぶん、ロンハルト王の命令で俺たちを殺しに来たんだ」 「命知らずにもな!」  デュドネは楽しげに笑ったかと思うと、懐から瓶を取り出して、男たちに向かって投げつけた。  ドオオオオオオオオオオン!!  すさまじい振動と、爆発音と、茶色い砂埃があたりを満たした。ラナはしゃがみこみ、オーバンが彼女を守るように覆いかぶさった。デュドネの姿は見えない。 「何何なんなのぉ~!?」 「魔法薬だよ。デュドネの専門さ」 「魔法薬?」 「宝石の調合」 「どうして宝石が爆発するのよっ!?」 「ロンハルトでは、薬は、魔力を込めた宝石の粉でできている」  砂埃の中から、デュドネが現れた。全身に赤茶けた土がついているが、本人の表情は恍惚としていて、人生楽しくてしょうがない様相だ。 「病気の治療から城の爆破まで、上等な材料さえあれば魔法薬にできないことなどない!フハハハハ!」  笑うデュドネの姿は、先ほどのどの男たちよりも、悪人らしかった。 「そういえば、さっきの男たちは?」 「見当たんないなあ」  オーバンはさっきから辺りを見回している。砂埃がおさまるにつれ、周りの景色が元通り見え始めたが、男たちの姿はなく、彼らが出てきた岩もどこかに吹き飛んでしまったようだ。 「さあ行くぞ!」  デュドネがテンション高く叫んだ。 「ドゥロソの首都を抜ければ、ロンハルトはすぐそこだ!わが魔法の都よ!」  そして、二人を置いて、軽い足取りで歩き出した。 「ねえ……」ラナは呆然とつぶやいた「もしかして、デュドネって、危ない人?」 「危ないというか……魔法薬に関しては天才なんだけど、どっか過激っていうか、変わってるんだよね……ちょっと待てよぉ~!」  オーバンは叫びながらデュドネを追いかけた。もちろんラナもその後を追って走った。  地平線に、かすかに、首都らしい建物の群れが見え始めていた。 「こっちはさあ、魔法が使えないのが普通だから気が楽だよ。ロンハルトじゃ、魔法が使えない俺みたいなのは人間扱いされないんだ」  ドゥロソの首都。休憩のために寄ったカフェで、オーバンがつぶやいた。 「みんな魔法を使うの?一人残らず?」 「俺以外は一人残らず」 「お前だけじゃないだろう」デュドネが無表情で口を挟んだ「最近、ロンハルトの城下でも、魔法を使えない子供が増えているらしい」 「子供も魔法を使うの?」 「当たり前だ。ロンハルト人だからな……ところが、最近じゃ、ろくに火もつけられないオーバンみたいなのが増えているそうだ」  ラナはちらっとオーバンを見た。平気な顔でコーヒーを飲み干している。もうこの手の嫌味には慣れているのだろうか? 「シンシア様によると、南の異教の女神の勢力が増したからではないかという話だ」  異教の女神。  最近までイシュハと戦争をしていた、管轄区の女神のことだ。  ラナは戦火の中で逃げまわったことを思い出し、ぶるっと震えた。 「シンシア様……わたしのいとこは、どんな人?」 「一言でいうと、女帝だな」  デュドネが皮肉めいた声で言った。 「普段優しいけど、怒ると怖いからね……ツヴェターエヴァは、ロンハルトからもほぼ独立した自治領なんだよ」オーバンが愛想よく説明を始めた「代々、長女が継ぐと決まっている。金鉱とか、宝石の鉱山をいくつか持っていて、昔からロンハルトの中では一番裕福な地域なんだ。ロンハルト王家は代々、ツヴェターエヴァの娘に求婚して……」 「ことごとく断られている」  デュドネがオーバンから語尾を奪った。 「ほんとに?代々?一人も結婚してないの?」 「誰一人、ロンハルト王とは結婚していない」デュドネが意地の悪い目つきで続けた「先々代の城主など、王の求婚が嫌で、国を脱走して行方不明になったからな」 「それが、私のママなのね?」 「そういうこと!」  オーバンが調子よく笑って、空のカップを掲げて見せた。  三人が再び歩き出そうと店を出た途端、外の人々が、不穏な会話をしていることに気が付いた。 「宝石泥棒が出たってよ」 「宝物庫にあった宝石が全部盗まれたらしい」 「盗賊を目撃した奴が言ってたが、裸同然の女が空を飛んでいたってよ」  オーバンとデュドネが、立ち止まった。 「なんだそりゃ、夢でも見たんじゃねえのか?」  人の群れは、笑いながら通り過ぎていく。 「いやだ、何よ二人とも!」 「いや……」  デュドネがオーバンを横目でにらんだ。オーバンは気まずそうにそっぽを向いている。 「どうしたの?」  ラナはそんな二人をじっと見守っていた。  すると、オーバンが突然、ものすごい勢いで道を走り始めた。 「ちょっと!どこ行くの!?」 「ペラジーが出たな」  デュドネが呟き、走り出した。ラナも慌てて追いかける。 「ちょっと待ってよ、何よペラジーって!」 「オーバンの妹で、盗賊だ」 「えっ!?」 「しかも、宝石ばかり盗む」  先を走っていたオーバンに追いついた。首都の群落からはかなり外れた場所で、建物はなく、岩肌が赤く地平線あたりまで広がっている。 「あらあ、おひさしぶりねっ!」  後ろから声がした。三人が振り向くと、胸と腰に細い布を巻いただけの『裸同然の女』が目の前に立っていた。  ラナはその姿に目がくらんだ。彼女が美しかったからではなく、腕や、首、腰、足首まで、きらきらした宝石で覆われていたからだ。ただでさえ光り輝く宝石たちが、荒野の強い日差しで、目を貫くほど強烈なきらめきを放っている。 「ペラジー!!」  オーバンが女に飛びかかったが、女はふわりと宙に浮かび、オーバンの頭を蹴って、ひらりとまた地面に降りた。 「魔法が使えないダメ人間があたしをつかまえようなんて百年早いんだよ!」 「わざわざ俺たちを待っていたのはどういう要件だ?」  デュドネがあいかわらず冷ややかな視線と声を放った。 「女神様のアメシストの杖を拝見したくて……ウフッ」  ペラジーが、妖しげな視線をラナの杖に向けた。  ラナは、アメシストの杖をぎゅっと両手で抱え込んだ。 「悪いが、封印を解かないと人命にかかわるんでね」デュドネが懐から薬瓶を取り出した「この杖は渡すわけにいかんな」 「ちょっと!待ちなさいって!」  ペラジーが慌てて後ろに飛び退いた。どうやら、デュドネの薬の危なさはよく知っているようだ。 「あいさつに来ただけだってば!女神に選ばれた子がどんなのか見たかったし!」  ペラジーが空中に浮かびあがった。 「でも大したことないね!じゃーね~!」  ペラジーが空高く飛んでいく。 「ちょっとお!」  ラナが空中に向かって怒った。 「大したことないってどういう意味よ!?」 「まあ、事実だな」  ラナが振り向いてデュドネを睨みつけたが、デュドネには、そんなラナを気にする様子は全くない。 「ロンハルトの民衆がお前を見たらがっかりするだろうな」 「なんですってぇ!?」 「待てこの野郎ぉぉぉぉぉぉ!!!」  オーバンがペラジーの飛んでいる方向に向かって走っていく。  デュドネは地面に下ろしていた荷物をまた持つと、オーバンとは反対方向へ歩きだした。 「えっ?ちょっと!どこ行くの!?」 「ロンハルトに向かうに決まってるだろう」 「でも、オーバンは?」 「そのうちあきらめて戻ってくるさ。道は知ってるんだからそのうち追いついてくるだろう。魔法は使えないが体力だけは異常にあるからな」  デュドネは早足で歩いていく。ラナは、冷たいなと思いながら追いかけていった。  歩きながらデュドネの横顔を見る。  やはり美しい。  ロンハルト人はみなこんなに美しい横顔を持っているのだろうか?そう思うと、歩くのが楽しくなってくるラナだった。 「なんだ?」  デュドネが横目でラナをにらんだ。自分をじっと見ていることに気がついたのだろう。 「なんでもない」ラナはあわてて前を向いた「さっき言ってた、封印の下にある王女と王子って?」 「ロンハルトの西に、小さな国が二つあったんだが、ロンハルト王に滅ぼされた」 「えっ?」  ラナは耳を疑った。国ってそんなに簡単に滅ぶものだろうか? 「婚約中だった王子と王女は、城が陥落する前に魔力のこもった宝石を持ち出して、自分ごと魔力の氷の中に封じ込めてしまった。ロンハルト王はその宝石がどうしても欲しい。だから、封印を打ち破れる、同等の力を持った宝石と、その持ち主を探している。そして、シンシア様とアンセルム様は、どうしても宝石をロンハルト王に渡したくない」 「それで、この杖の持ち主が必要なのね」 「お前ひとりじゃない。女神の祝福を受けた宝石はもう一つある。幸い俺の知り合いで、まともな奴が持ってるがね……よりによって女神アニタのアメシストがこんな小娘のものになるとは……」  デュドネがまた小声でぶつぶつ文句を言い始めた。 「さっきから小娘小娘ってうるさいわよ!イシュハで今時そんなこと言ったら、街の娘たちに袋叩きにされるんだからね!」 「俺はイシュハ人じゃないし、ここはイシュハじゃないんでね」  それからしばらく、二人は黙って歩き続けた。ラナは時々後ろを振り返ったが、オーバンが追いついてくる気配がない。  ロンハルト王と宝石を取り合う。  それって、ものすごく危険なことなんじゃ……。  家では勢いで『行きます!』と行ってしまったが、これから行く未知の世界で自分はやっていけるのか、ラナは急に不安になってきた。  荒野を抜け、木々が増えてきた。視界に緑が増して、道が上り坂になっていく。  上まで上ったとき、 「わあ~!!」  ラナは思わず歓声を上げた。そこには、おとぎ話のような景色が広がっていた。深い森の中に、ちらほらと、赤いレンガの家が見える。遠くには市街地らしき白い建物の群れが見え、その向こうには、細い塔をいくつも持ったパステルカラーの城が、いくつか、霧にかすんで、空中に浮かび上がるような姿を見せている。 「空気が違うな!」デュドネが気持ちよさそうに伸びをした「自然すべてから魔力を感じる!」 「俺は何も感じない」  後ろから声がした。オーバンが、苦い顔で笑っていた。いつのまにか追いついていたらしい。 「私も」ラナが控えめに付け足した「でも、綺麗なところね」 「この先、魔物とか、ちっちゃい生き物がたくさんいるよ。襲ってくる奴らも」 「魔物……」 「杖を使う練習にちょうどいいだろう」  デュドネが近寄ってきた、かと思うと、そのまま二人の横を通り過ぎ、 「俺が宝石の持ち主だったら王くらい簡単に殺せるんだが……よりによって魔力も何もない小娘が……」  また文句をぶつぶつ言いながら歩き出した。 「だから小娘言うなっつーの!!」  ラナは怒鳴りながらあとを追いかけた。オーバンもため息とともについてきた。
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