キスでおしまい

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“発送完了のお知らせ” と題をつけたメールを送信した。 十一月も上旬になり、やっと全ての依頼品を納品した。印刷所から発送した旨をメールした。これで終了だ。やっと終わった。 その夜、美佳から返信があった。 “段々と秋も深まってきましたがお元気ですか。 いつ来るのだろうと思っていた結婚式も目前になりました。 隅々まで行き渡った心配りで作成して頂き、夫と共に感謝しております。 きっと忘れられない結婚式になると思うと 嬉しいです。長い期間真摯に対応して頂きありがとうございました。 槙山さんのおかげで、良い結婚式になると確信しています。 先日わかったのですが、赤ちゃんを授かりました。今妊娠三ヶ月です。 天気がいいといいねと話しているところです。滑ったら危ないので。 願っていたことが叶って今幸せです。本当にありがとうございました。お元気で“ 慌てて書いたのか、つわりでもキツくてしんどいのか、ちょっと改行とかが変な文章だな、と思った。まあいい。美佳が幸せならそれに越したことはない。 今日は一人で打ち上げだ。美味い酒を買って帰ろう。 これが、美佳と直接やり取りした最後になった。 年末に大掃除をしたら、美佳が片方なくしたと言っていた青い石のピアスが出てきた。 「こんなとこにあったんだな」 今更返す訳にもいかないな。埃まみれのピアスを洗ってからアルコールで拭いて、塞がりそうな右耳の二つ目の穴に挿した。 「明けましておめでとうございます!」 初出勤の時に、岡本さんにピアスが見つかった。 「零、ピアス増やしたのか」 「あー、はい、お守り代わりに」 「へーえ。おお、奮発したな。この石、サファイヤじゃないか」 「岡本さんわかるんですか?」 「奥さんと結婚する時に宝石店をハシゴさせられてさ。さすがの俺でもこれはわかるぞ」 岡本さんが新年早々から僕の肩を叩いて豪快に笑った。 サファイアの石の意味を調べてみた。誠実・慈愛、と書かれていて、僕にほど遠い言葉の羅列で苦笑いが出た。ふーん、九月の誕生石なのか。そういえば、僕は美佳が何月生まれかも知らない。 その後男の子が生まれました、と翌々年の正月に年賀状が来た。 結婚式をした翌年の五月最後の日に赤ん坊が生まれた、という話は若佐さんから聞いていたから、出産祝いを贈っていた。だからだろうか、美佳の字で小さく“ゼロ君、素敵なプレゼントをありがとう!”と書かれていた。 笑った赤ん坊の写真は、口元が美佳に似ていて、目元が美佳の夫によく似ているように見えた。
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