いわゆるセフレ

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他の同じ女の子と複数回寝てみたりしたが、どうしても美佳と比較してしまう。 思い出してみれば、最初から彼女の身体は特別だった。 触れただけで溶け込みそうな肌。ゼロ君と呼びながら僕を掴み達する時の声。僕をその気にさせる甘いいやらしい匂い。 美佳と寝る時は他のことを一切考えない。考えられなくなる。だからいつも、僕は彼女と二人きりになると何も話さずに抱きしめてキスをしてしまう。発情した犬みたいに。 そして終わった後深く眠って、我に返るんだ。 ああもう朝が来た、仕事に行かないと。 バタバタと着替えて、僕の部屋か、美佳の部屋か、ホテルの玄関で別れてそれぞれに職場に向かう。 そういう訳でもう三年経とうとしているのに、僕は美佳のことをほとんど知らない。 それについて何の不足も感じていなかった。 お互いの都合のいい時に抱き合える、身体の相性がいい友達。煩わしいことも一切無い。 最高だ。他に何が足りないと言うんだろう。 「ゼロ君、私ね、彼氏探すんじゃなくて、婚活することにしたんだ」 美佳は、全部が合うことの無かった残念な彼氏と別れて、半年ほど経った頃に、そんなことを言い出した。 「へーえ、婚活。結婚すんの?」 「うん、色々ライフプランも検討してみて、三十歳になる前に子供産んでおきたいなって思って」 「ふーん」 僕には関係なさそうな話だ。ライフプランがどうとか、というのは。でも確かに、周りで結婚する人が増えたな。そうか、そんな年齢になったのか。僕も美佳も二十八歳になっていた。 「アプリとかでやるやつ?」 「ううん。ちゃんとした結婚相談所。職場の先輩に紹介してもらったんだ」 「へえ……」 公務員はそういう所で結婚相手を探すのか。まあ出会い系アプリじゃ真面目な奴は掴まらないだろうしな。自分には関係の無いことなのに、どうして心の奥がザラザラするんだろう。 「じゃ、今日は帰るね。またねゼロ君!」 「ああ。またな」 明日は朝が早いから、と美佳は泊まらずに帰っていった。 美佳が飲んだカフェオレがマグカップの中に残っていて、僕はその飲みかけを捨て、スポンジで洗って、食器かごに伏せた。飲み物は好きな器で飲みたいから、一つだけ置かせて欲しいと美佳が頼んできた時に持ってきたマグカップ。 僕が、ベッドの外の美佳のことで知っているのは、住んでいる場所と、公務員でこれから見合いをする予定なのと、カフェオレが好きなことと、それをこのマグカップで飲むのが好きだということだけだった。 久しぶりに可愛いなと思える子と出会った。金髪でモデルみたいなスタイルなのに少し儚げな感じがする子。 「だいぶ俺の方が年上な気がするけど」 「そんなこと無い、同じ二十代でしょ?」 狭いクラブで声を掛けた。その時は別に寝たいとかは考えていなかったんだけど、その子は音の中に溶けてしまいそうだったから。 クラブから連れ出して、路地裏でキスをした。 「ねえ、どっかいこ……」 誘ってきたのはその子からだった。 「どこがいい? 俺んち近いけど」 どうして初めての子を部屋に誘ったのか、今でもよくわからない。ホテル街に行くよりも近かったから、というのはあったけれど。 「うん。連れてって」 部屋に入って、彼女のヒールを投げると、思ったよりも背が小さかった。可愛いな。僕を見上げるその子を抱えてベッドに連れて行った。 「おにーさんは悪い人だから、遊ぶだけだけどいいの?」 最初に断っておくのが肝心だ。僕は付き合ったりするつもりはサラサラ無いんだから。でも酔ってる女の子はそんなの関係なくなるんだよな。 「んー、いいよお……しよ……」 金髪の子は僕の首に腕を回して引き寄せた。彼女の舌はさっきまで飲んでいたチェリーのカクテルの味がする。長いピアスがシャラシャラと音を立てた。 可愛くていやらしい子は大好きだ。それを触ったり見るのはもっと。僕は彼女の服に手を掛けた。 「あっ、あっ、あん、んっ!」 シーツを掴みながら枕に顔を埋めて、その子は声を上げ続ける。少し乱暴に扱うといい声を出すんだよな。ちょっと試してみよう。僕は形のいい尻を軽く叩いた。 「ひゃんっ!」 身体の反応でわかった。そうか、この子はこういうのが好きなんだ。 「好きなの? 好きなら次からお願いしてごらん」 「叩いて、もっと、お尻、叩いてっ!」 叩く度にイクなんて、誰に仕込まれたんだろう。最初は楽しかったけれど、真っ赤になってきた肌を見たら、気持ちが萎えてきてしまった。僕は別にSじゃないんだよなあ、とこういう時に思う。 仰向けにさせてもう一度入ろうとすると、泣きながらその子は懇願した。 「ねえ、絞めて……!」 「ん?」 「首絞めてっ……!」 そういうプレイがあるのは知っているけれど、さすがに命に関わるような事を初対面の子にする気にもなれないし、第一僕が楽しくない。 「どうしようかな……」 嫌な予感がして、焦らす振りをして手首を掴んで腕の内側を確認した。案の定たくさんのリストカットの痕が残っていた。ああ、引き当てちゃったか。 僕は泣いているその子のリクエストを無視して腰を動かし、さっさと“出して”しまった。身勝手だと思うけれど、僕はカウンセリングの資格も持ってない、首を絞めるのが好きな訳でもない。こういう子が得意な男と寝るべきだ。 「あーゴメン、あんまり気持ち良くて持たなかった」 さて、どうやってお帰り頂くかなんだけど……。 玄関ドアがガチャリと開く音がした。 「ゼーロ君! 来たよー? 鍵も掛けないで不用心だよ……あれ?」 玄関先で美佳の声が響いた。間が悪すぎる!  「彼女がいるの……?」 金髪の子が気怠げに訊いてきた。そうだ、これを利用して帰ってもらおう。 「あー、ああ、そうなんだ、悪いけど急いで着替えてくれるかな、友達が遊びに来たって言うからさ」 僕は急いで黒のジーンズを穿き、Tシャツを被って玄関に行った。ちょうどカチャン、と玄関ドアが閉まり、美佳が出て行った所だった。 「美佳! 待ってくれ」 僕はエレベータ前で待つ美佳を追いかけた。僕の声に驚いて美佳が振り向く。 彼女の腕を掴んで引き留めた。 「ゼロ君お客さんがいるんでしょ? ダメだよ一人にしたら。ゴメンね、私こそこんな遅くに。お腹空いてない? これ一緒に食べようと思って買ってきたから持って帰って」 エコバッグには、たくさんのたこ焼きのパックが入っていた。 いつかやろうと言っていた、スーパーとか専門店のたこ焼きの食べ比べ覚えてたんだな。僕と美佳は、たまにこういう下らないことをして遊ぶのが好きだった。 「美佳、客はもう帰るんだ。だから一緒に戻ろう」 「んー、でも玄関にヒールあったし、女の子でしょう? 遅い時間だし送ってあげて」 遅い時間だから女の子を送ってやれ。美佳が言うことは、至極もっともだ。僕は全く反論できなかった。 バイバイ、またね、と手を振って美佳はエレベータに乗った。 僕はたこ焼きだらけのエコバッグを持って、とぼとぼと自分の部屋に帰った。金髪の子は着替えていて、僕の帰りを待っていたようだった。 「お兄さん、どうして彼女がいるのに、私と寝たの? 彼女さん怒って帰ったんでしょう?」 「あー……怒ってはないけど……」 今更彼女じゃ無いとか言ってもややこしくなるだけだからなあ。 「私帰るね」 立ち上がってその子は玄関に出てヒールを履いた。 「君も、ちゃんとした男と付き合ったほうがいいよ。ヤる度首絞めてたら死ぬぞ?」 「好きな人を大切にできない人から言われたくないかな」 何故かその言葉が胸に刺さった。 僕は一番美味しそうなたこ焼きのパックを袋に入れて、金髪の子に渡した。 「これ、美味いから食べな」 「彼女さんがくれたんでしょ? 要らないよ」 「山のようにあるから手伝ってくれよ。タクシー呼ぼうか?」 「下で拾うからいい」 そう言って、たこ焼きの入った袋を受け取った女の子は、僕の部屋から出て行った。 僕は寝室に戻って、窓を開け放った。初夏の風が吹いてくる。 後悔の気持ちだけが、僕の心を満たした。 別に美佳は僕の彼女じゃない。けれど、他の女の子と寝た後のベッドで美佳を抱くのは、ひどく気が咎める。シーツや枕のカバーを剥がして洗濯機に放り込む。ボタンを押すと洗濯機が動き出した。 いつ来てもいいと言ったのは僕だったのに。 考えてみれば、絵里と別れて以来、僕はこの部屋に美佳以外の女の人を入れたことが無かった。美佳以外の女の子と寝る時は、いつだってホテルかその子の部屋を使っていたのだ。 「あーあ……」 僕はベッドの端に腰掛け頭を抱えた。僕は今まで自分から人を好きになったことは無い。 こんなモヤモヤした気持ちになったことはなかった。 美佳に今すぐ会って謝りたい。でも何を? 僕はベッドサイドに置いていたスマホを引ったくるようにして取ると、美佳に電話を掛けた。電話なんてこの三年で二、三回しかしたことがない。 「もしもし?」 「美佳、今どこ? 一緒にたこ焼き食おうよ。もう客は帰った」 「今ね、下のコンビニで雑誌見てた」 「今行く!」 僕は階段を駆け下りて、一階のコンビニに美佳を迎えに行った。
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