月曜夜9時のプリンセス

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私が死んだ。月曜日の夜のことだった。夫の所有する車に排ガスを引き込んで自殺したらしい。 今をときめく女優の自殺というニュースは驚きをもって受け止められたが、私自身にとって私の自殺はとても自然なことのように感じられた。 遺体はすぐに見つかったために損傷は少なく、私の身体は美しいままに棺に納められていた。濡れた唇は死してなお色香を漂わせ、白く冷たい肌はまるで陶器のような滑らかさだった。 棺の側には母と妹とそして私の夫がいて、他に誰もいなかったが、私の人生の大団円に必要なピースはそれで全てなのだと思った。私は女優としてこれまで多くの人々と関わってきたけれど、彼らが知るのは女優の私であって、素の私を知る人は限られていた。 私は自分自身の物語として、きっとこのエンディングをずっと思い描こうとしてきたのだと思う。美しく華やかなドラマが急転直下に終末を迎える。誰も予想し得なかったし、誰も理解し得ない。最後にポンと軽く突き放して、そしてストーリーは閉じられる。 つまりこういうことだ。美しい28歳の女性がふと自殺して死んでしまうということ。一廉の女優として仕事は充実し、新婚で愛にも溢れ、キラキラとくすみのない生活が何の理由もなく消えてなくなること。 私は何故死ななければならなかったのか。残された人を途方に暮れさせる。そんな力を持つ物語を私は求めていた。 私の遺体を前にした母は不定期な発作に見舞われるようにして、時折わっと泣いて妹の身体を強く抱きしめた。母を涙させる感情のエネルギーがどのように働いているのか私には分からなかったが、それはおよそ1人の女性の胸の内に秘められているとは思えないほどの大きな質量を持っているようだった。女手一つで私たち姉妹を育てた母は、私が思うよりもずっとエネルギッシュな人だったのかもしれない。そして私は私が思うよりずっと母に愛されていたのかもしれない。 妹は母に抱かれながら、部屋の隅に立ち尽くす私の夫を見つめた。虚ろげな彼の頬に暗い陰影を作るのは窓の隙間から刺す春の陽光であった。微かに小鳥の鳴く声も聴こえる。 私が死んでも、世界が終わることはなかった。それは私の気持ちを平穏にさせるようだった。 「美姫ちゃん、大丈夫?」 葬儀場の外の喫煙スペースで煙草を吸っていた夫が妹に言った。それは妹を心配するというよりは、反対に妹に縋るような皺がれた声だった。私の死は夫にとっても母にとっても予期せぬ大きな喪失であったに違いない。彼らはまだ私のいない世界に上手く馴染めていないようだった。 「私は大丈夫だけど。公彦さんの方が心配。」 「ごめん。そうだよね。今は俺の方が頼りない。」 ふぅと煙を吐いたその苦し気な笑顔を私は愛しいと思った。夫は妹に私の面影を探したに違いない。2人とも同じく美人の部類ではあるものの、残念ながら私と妹の容姿はあまり似てはいなかった。 「私、お姉ちゃんとは全然似てないよね。」 「あ、いや。どうかな。考えたことなかった。」 「似てないよ。中身は凄く似てるんだけどね。一心同体というか。でもそれには誰も気付かないみたい。」 「一心同体か。何となく分かるような気もするけど。」 妹は夫の手に触れて彼の傷を癒そうとしているようだった。私はその姿を観て、妹が夫とともに私のいない世界を生きていって欲しいと思った。
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