この道の先

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この道の先

もうすぐ、出会って初めての冬。 今日は特に風が冷たくて、全身に刺さるように痛いくらいだ。 「愁、ごめん。待たせた」 「んー。原先生、なんだって?」 「次の期末で赤点取ったら、俺だけ特別講習だってさ」 「亜貴は生粋の文系だよね。顔に似合わず」 「数字だけはマジで苦手なんだよ。って、別に顔は関係ないだろ、一言余計だ」 ふっと笑う愁の鼻や頬が赤くなっていることに、亜貴は気付いた。 「おい、いつからここにいたんだ?」 「いつからだろ。亜貴が原先生に呼ばれて、少ししてから教室出てきた」 「はぁ?それじゃあ三十分以上経ってるぞ」 「風に当たりたかったんだよ」 「こんな寒いのに?お前たまに変なこと言うよな」 バカだとでも言いたげに、亜貴は首を傾げた。 今日は少しだけ、ほんの少しだけ、愁にとって浮かれそうになることがあったから。 勘違いをしないように、無意識に帯びてしまった熱を冷ます必要があった。 正直にこんな話をしたところで、亜貴はきっとまた首を傾げる。 (バカはお前だろ、亜貴) 隠すことはもう慣れた。 心とは違うことを言うのも、簡単だ。 「亜貴に変だなんて言われたくない。その顔で文系とか・・・」 「まだそれ言うか!だから顔関係ねぇだろ」 なんだよ、と言いながら亜貴は笑う。つられて愁も。 この心地良い空気を一瞬でさらうみたいに、大きな風が通り過ぎていく。 「さむっ!とりあえず、何か温かいの食いたい。もう無理」 「亜貴のおごり?」 「なんでそうなるんだよ」 「三十分も待った。こんな寒い中」 「それは勝手に外で待ってた愁が悪い。俺のせいじゃねぇ」 それに今金欠なんだ、と言いながら亜貴は歩き出した。 「仕方ないな、今日はおごるよ。その代わり、赤点取ったら今度は亜貴がおごれよ。それが嫌ならテスト頑張れ」 前を行く背中に追いつくと、亜貴は不敵な笑みを浮かべていた。 「いいのか、そんなこと言って。俺には最強の味方が・・・」 「味方?」 「とぼけるなよ、俺には愁という「いや、俺教えるなんて一言も言ってないけど」 「えぇ!?なんで?友達を見捨てるのか!」 「声デカイ・・・」 いきなりの大声に、同じ制服を着た生徒の視線が、二人に集中する。 (人の気も知らないで、なんて。知らなくて当然か) 言わない、と決めたのだから。 むしろ、気付かないままでいるとわかる亜貴の態度に、ホッとするべきなんだろうけれど。 「・・・友達だからだろ。初めから俺に頼る前提で考えてる時点で、赤点だな」 「たまに手厳しいんだよなぁ、愁は。あれか、ツンデレってやつか」 「違うだろ。俺のデレてるところなんて、見たことあんのかよ」 「うーん、ないな。デレてる愁かぁ、どんなだろ。見てみたいかも」 「・・・は?」 周りの景色は何一つ変わっていないのに、愁にとってこの言葉は、隕石が落ちてきたみたいな衝撃だった。 深い意味なんかないのはわかっている。 ただの好奇心、興味本位に口から出ただけ。 それでも、思わぬ言葉は十分に愁の心に刺さった。 (まったく、コイツは・・・!) 「やっぱりおごってやらない。自分の分くらい自分で買え」 「えぇ~、まぁそれはいいんだけど・・・」 それまでと違って、亜貴が少し落ち着いた口調になる。 「とりあえず自分で頑張ってみるからさ、それでもわかんないところあったら教えてよ。結局頼ることになっちゃうと思うけど。愁の教え方うまいから、先生の授業聞くよりわかりやすいんだよ」 「・・・そんなわけあるか」 いやマジで、と笑った亜貴の息が白い。 「赤点を無事回避したら、今度は愁の好きなのおごるよ」 「しょうがないな、わかった」 おごるとかおごらないとか、そんなことはどうでもよくて。 ただ、こんなくだらない話が出来る時間が、ずっと続けばいい。 「う~さむい。今日雪降るんじゃねぇか、これ」 あっという間に、亜貴の頬や耳が赤くなっていた。 愁と同じだけれど、同じじゃない。 わかっていても口元が緩んできて、愁は寒がるフリをして、さりげなくマフラーで自分の感情までも覆い隠した。
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