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回想 出会い1
学と悟が出会ったのは学がまだ19で稼業の八百屋を継がない事で父親に勘当され、家を飛び出しまだこの地に来て1年ほど経ったばかりの頃だった。
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「んっ……」
「いいよ?もっと奥まで咥えて?そう……いいよ?悟くん」
あの頃、まだ15の悟は幼少の頃から続いていた父親からの虐待の数々に耐えきれず、1人家を飛び出した。
加齢臭臭い男にまだ少年っぽさの充分残るその幼い体で"生きていく為"に体を開いていた。
「じゃ……これ」
ホテルの前で白髪混じりの男は悟の掌に数枚の1万円札を握らせた。
「また連絡するからね、悟くん」
口臭臭い息を悟に向けてそう言うと男は足早に何事もなかったかのようにその場を後にした。
悟はその紙切れを上着のポケットへ無造作にしまい込む。
そしてとある深夜営業のファミリーレストランで自分を待っているであろう"待ち人"の所へ駆け出した。
「嘉人」
「お、済んだか?」
嘉人は悟に笑いかける。悟は先程ポケットに入れた紙切れを嘉人へ差し出した。
「はい、これ」
嘉人は枚数を確認すると悟の髪をクシャっと撫でた。
「よしよし、いい子だ。腹減ったろ?何でも食え」
「うん、ハンバーグ……食べたい。デミグラスソースのかかったやつ」
「よし、ハンバーグな?」
嘉人はテーブルに設置してある呼び出しボタンを連打する。
ウェイターが来ると「このハンバーグ定食、頼むわ」と言った。
辛い"仕事"の後はこうして小さな"幸せ"が待っていた。
家でひたすら父親に言われようのない暴力を振るわれている時の事を考えると悟にとってここは"天国"のようだ。
悟の母親は小さい頃に病気で亡くなり、その後は酒乱の父親に育てられた。
毎日のように続く暴力。
煙草の火を体に押し付けられた事もある。
しかし、その日だけは違った。
何度も打たれたあげくに悟は初めて実の父親に首を絞められた。
今度こそ「殺される……」そう思い、命からがらかき集めた有り金全てを握りしめ、この地への"片道切符"を手にした。
駅に着き行く宛てもなく構内の片隅で1人寒さに震えていた時にこの"加納嘉人"に声を掛けられた。
嘉人は身元もわからない悟を喫茶店へ連れて行き、黙って温かいココアをご馳走してくれた。
冷えきった体にそれは染み渡るほど甘く温かかった。
「どうしたの?」
そんな嘉人の言葉に悟は今まで噤んでいた口を開いた。
何故初めて会う嘉人に家を飛び出した理由を話す事にしたのか……。
誰かに聞いてほしかったからだろうかーーー
嘉人はとても優しい表情で悟の話を黙って聞くと、悟の冷えきった青痣のある頬に自分の温かい手をやんわりと押し付けた。
「……温かい」
「お前にも温かくなる"権利"があるんだぜ?」
「……権利?」
「そうだ。俺の名前は嘉人。お前、名前は?」
「……悟」
「いい名前だ」
初めて実父の付けてくれた自分の名前を褒められ、悟は少し嬉しくなった。
【確かにこの名前を付けられた時点では僕は父親に愛されていた】
「悟。お前いい服着て美味い飯、食いたくないか?」
「え……?」
「お前にはそれが出来る」
そして更に悟にこう言った。
「生きるために必要な"術"を俺が教えてやる」
悟はその日、初めて男同士の交わり方を嘉人に優しく教わった。
それからは嘉人が客を用意し、悟は嘉人に言われるままその場所へ行き、男に抱かれる。
見知らぬ男に抱かれている間も嘉人の事を頭に描いて時に乱暴に扱われてもグッと耐えた。
悟にとってお金などただの"紙切れ"に過ぎない。
ただ、その後温かいご飯をこの人と食べられる……それだけで充分幸せだった。
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