1人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
Radio
もう何年前だろうか、寝られぬ夜にRadioを聞いていた。
時刻は、深夜2時とか3時とか。
たいていNHKで、どこかで対談したものの録音で再放送だった。
その夜は、もう亡くなった作家の井上ひさしが出ていた。
彼曰く、神戸の某Barで飲んでいたら、奥のボックスの人も作家だと女の子が言うので、「誰」って聞いたら「常連の司馬遼先生」って答えが返ってきた。
「それが人相風体、まったく別人なんですよ――」
と、彼のあの鼻声と言うか、人懐っこい声がRadioから流れてきた。
私も若い頃から司馬遼が好きで、もう本屋の棚の物はたいてい読んでいる。
いつか東大阪の記念館へ行った時はもう興奮を通り越し、嫉妬の雨あられ。
まあずいぶん僭越な思いだとは知りつつ、今もってあの興奮は通快だった。
それはともかく井上先生、これはたいへんと、司馬氏に電話を掛けた由。
「先生、今神戸のBarで飲んでいるのですが、店に常連の客で先生が……」
すると司馬先生、
「ママに、その男の支払はどうなっているのか、聞いてみて」
と、返事が返ってきたという。
井上先生、さっそくママに「あそこの常連さん、支払いは?」と聞くと、
「先生は、いつも現金で――」と聞き、そのまま司馬遼に。
すると司馬先生、
「それやったら、まあ、それでええやないか――」
で、終わったそう。
その話を聞きながら、私はつくづく思った。
(井上さん、ええ先輩持ってるなあ……)と。
井上先生が講演の最後に、
「私が家でもめ事があった時、先生に相談したら、こう言われたんです。
――軍艦は戦場へ臨む時、Z旗を上げて戦に要る物以外、全部海へ捨てた、
だから君も、気にすることはない――あの言葉で、私は救われました」
……今の時代なら、井上先生のもめ事は大事!?だったかも知れない。でも、捨てたらえんねんと言う先輩がいたから、人生を全うできたのかも知れない。
そんなことを考えていたら、それから益々寝られなくなってしまった。
生きていれば問題は起こる。人と生きる以上、摩擦は生じるのだろう。
聞いて考えて、それでも駄目なら明日、それが生きるという事なのか。
(210210、了)
最初のコメントを投稿しよう!