Radio

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もう何年前だろうか、寝られぬ夜にRadioを聞いていた。 時刻は、深夜2時とか3時とか。 たいていNHKで、どこかで対談したものの録音で再放送だった。 その夜は、もう亡くなった作家の井上ひさしが出ていた。 彼曰く、神戸の某Barで飲んでいたら、奥のボックスの人も作家だと女の子が言うので、「誰」って聞いたら「常連の司馬遼先生」って答えが返ってきた。 「それが人相風体、まったく別人なんですよ――」 と、彼のあの鼻声と言うか、人懐っこい声がRadioから流れてきた。 私も若い頃から司馬遼が好きで、もう本屋の棚の物はたいてい読んでいる。 いつか東大阪の記念館へ行った時はもう興奮を通り越し、嫉妬の雨あられ。 まあずいぶん僭越な思いだとは知りつつ、今もってあの興奮は通快だった。 それはともかく井上先生、これはたいへんと、司馬氏に電話を掛けた由。 「先生、今神戸のBarで飲んでいるのですが、店に常連の客で先生が……」 すると司馬先生、 「ママに、その男の支払はどうなっているのか、聞いてみて」 と、返事が返ってきたという。 井上先生、さっそくママに「あそこの常連さん、支払いは?」と聞くと、 「先生は、いつも現金で――」と聞き、そのまま司馬遼に。 すると司馬先生、 「それやったら、まあ、それでええやないか――」 で、終わったそう。 その話を聞きながら、私はつくづく思った。 (井上さん、ええ先輩持ってるなあ……)と。 井上先生が講演の最後に、 「私が家でもめ事があった時、先生に相談したら、こう言われたんです。 ――軍艦は戦場へ臨む時、Z旗を上げて戦に要る物以外、全部海へ捨てた、 だから君も、気にすることはない――あの言葉で、私は救われました」 ……今の時代なら、井上先生のもめ事は大事!?だったかも知れない。でも、捨てたらえんねんと言う先輩がいたから、人生を全うできたのかも知れない。 そんなことを考えていたら、それから益々寝られなくなってしまった。 生きていれば問題は起こる。人と生きる以上、摩擦は生じるのだろう。 聞いて考えて、それでも駄目なら明日、それが生きるという事なのか。 (210210、了)
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