私はメイド

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ご主人様は外出するときに私を呼ぶ。私はご主人様からユニフォームを受け取って着替える。私たちといえばこれ、と誰もが想像するようなユニフォーム。動きにくく、何より街を行き交う人々の注目を集めるから、私はこのユニフォームがあまり好きではない。しかし、決まりだから身につけなくてはならないのだ。訓練所でもそう習った。 外に出て人通りの多い道を歩いていると、やはり人々の好奇の視線が私を刺すのを感じた。大体の人は少し驚いたような顔を向けるが、すぐに目をそらす。私は別に気にしていませんよ、このくらい普通のことですよね、とでも言うように。そうやって目は向けないようにしつつも、全身で私たちを観察しているのである。まあ、見慣れないものを見たら誰でもそんなものだろう。ときどき、ぎょっとした顔をして、そのまま私たちを見つめ続ける人もいる。人の視線を気にしないように努力しているとはいえ、やはり良い気分はしない。それもこれも、すべてはこのユニフォームのせいだ。これを着ているから目立ってしかたがない。おそらく私が普段と同じ格好で歩いていても、誰も気にしないだろう。物珍しさ。人々が私に注目する理由はこれだけだ。 こういう話をすると私が外出嫌いに思われてしまうだろうが、外出すること自体は好きだ。ご主人様と並んで歩くのは純粋に楽しくて嬉しい。仕事をしている充実感もある。ご主人様にお供するのは、主に買い物をするときとお仕事に行くとき。ご主人様の職場へはバスに乗って行く。ご主人様のお仕事中は特にすることはないので、帰りの時間までは邪魔をしないように大人しく待機している。私の仕事はご主人様の行き帰りに付き添うこと。それだけだ。行きつけのお店の人や職場の人はご主人様のことをよく知っている。当然、私のことも知っている。だから私に好奇の目を向けることはない。そういった場所は私にとって居心地がよかった。 こうして、ご主人様と私の日々は過ぎていく。大きな刺激があるわけではなく、穏やかな毎日だ。私の生活を見てつまらないと言う人もいるだろう。もちろん、私もそう思うときはある。もっと遊びたいとか、自分の都合で動きたいとか。けれど、それよりもご主人様に必要とされることのほうが私にとっては大切なのだ。 ところが最近、ご主人様の表情が暗い。何か思いつめたようにうつむきがちでいることが多くなった。私はその理由を知っている。私との契約の満了時期が迫っているのだ。もうすぐ、所属する協会の人が私を迎えにやってくる。私は協会で少し待機した後、また別の「ご主人様」の元へ派遣される。引退するまでその繰り返し。私の産みの母がそうだったように。 ご主人様のお仕事の帰り道、いつもとは違うお店に寄った。大きなお店だ。ご主人様は近くにいた店員さんに買いたいものがどこのフロアにあるかを聞き、移動した先の売り場の店員さんにも何やら質問していた。そしてご主人様は柔らかそうなスカーフを手にした。薄い水色地に白い百合の花が描かれている。家に帰ってから、ご主人様は私の首にそのスカーフを巻いてくれた。とても似合うよと笑いながら。そういえば、私の名前は育ての母がつけてくれたのだった。生まれたときは記号でしかなかった私の名前。母は、自分が手塩にかけて育てた花と同じ名前を私につけてくれた。庭に咲いている、少し強い香りのする白い花。父と母と並んでその花を眺めていた日のことを思い出した。それは、父母との別れの前日だった。ご主人様とは明日、お別れするのだろう。そう直感しながら私は眠りについた。
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