6人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
序章
「神がそなた達を、安楽と自由の道へと導くであろう」
そう告げられた時、筋肉が弛緩していくのが分かった。
この国の民は、強欲か寡欲か分からぬ時がある。
慎ましく生きており、殊勝な態度を崩さぬのかと思いきや、願いを聞き届けたまえと神に懇願する。それは卑しき行為であり、胸の奥に常駐する貪欲さを、全身で体現しているように思えた。
もちろん俺にも、願い事はある。しかしこれが本当に、俺自身が望む物なのかは、首肯しかねる。
この国の物を食べて飢えを凌ぎ、生き繋いでいるだけの暮らし。砂漏の民になどなるものかと抵抗する一方で、徐々に蝕む毒に、体中が侵されているようだった。
いつか気が狂って、俺が俺ではなくなるかもしれない。無意識、無自覚のうちに己を手放し、低劣な誰かへと変貌する。しかし、紛れもなく自分自身である事に変わりはない。
変わるから、人は人でいられる。体の芯を支える柱を、常に保つ事が出来るのならば、その変化は吉となるであろう。
俺は、目の前の現実を受け入れる事にした。
最初のコメントを投稿しよう!