金曜日

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 金曜日

 帰宅後、パソコンを立ち上げる。今日もたくさんの家電から愚痴や悩みが来ていた。  常連になっているものや、今日初めてメッセージをくれた物もいる。私はそれを返せるだけ返した。  あれから、人工衛星からメールは来なかった。  昨日、昼に来ていたメールを確認した後、何通かメールを送ってみたのだがすべて返って来てしまったのだ。  そう言えば、名前さえちゃんと聞いて上げられなかった。調べたら出て来たのだろうか。今日流れるはずの人工衛星は、何かのイベントで使われる予定だったのだろうか。  調べれば出てきそうなのだが、私はそれができなかった。  あの人工衛星も、それを調べようとはしなかった。きっと、同じ気持ちだったのだ。  気を紛らわすように返信を続けるのだが、集中できない。  私がしたことは、正しかったのだろうか。隕石に人工衛星がぶつかったとして、軌道が変わる保証はない。無駄になる可能性の方が高いだろう。それとも何か勝算があったのだろうか。  もしそれを教えてくれていたら、あの人工衛星はちゃんと流れることができたかもしれないのに。 「後悔しちゃ、いけないんだよな」  むしろ私がそれを褒めて上げなきゃいけない。よく頑張ったと言わなきゃいけない。  こうした方がよかったよ、なんて、言っちゃいけないのに。  手が震える。  なぜかと思ったら、泣いていたからだった。  目を閉じる。  今日はもう、「何もしたくない」  思って、うっかり口に出ていた。  その時だった。  ピピピ ピピピ ピピピ   携帯、タブレット、パソコン、アラームがついているものが一斉に鳴り出した。 「……なんだなんだ」  鳴ったのは1分ほどだった。その間は何してもアラームは止まらず、やかましく鳴り続けた。  やっと止まったと思ったら、パソコンにメモ帳が立ち上がる。  キーボードを打っていないのに、文字が入力されていく。 『9時です』  それは私のパソコンからのメッセージだった。久しぶりの会話だ。大人しく、自己主張しないやつなので、私の方から何か言っても返すことはない。こいつからメッセージがくるなんていつ以来だろう。 「9時……?」 『今日は快晴です。星がよく見えます』  星……。「星、か」  私はカーテンを開けた。確かに、今日は快晴。雲一つなかった。夜になってもそれは変わらず、空にはたくさんの星が見える。 「そう言えば、9時って言ってたよな、あの人工衛星が流れるって言ってたの」  それをあいつは覚えていたのだろう。そして携帯たちもそれを知っていたのだろう。  そして教えてくれたのだろう。そんなことさえ忘れていた、この私のために。 「……ありがとう」  私の部屋の機器は何も返さなかった。それでいい。大丈夫。 「もう、大丈夫だから」  私は目を閉じ、腕の前で手を合わせる。  そして、星の流れない空に向かって一つ、願い事をした。 ーー END ーー
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