月曜日  20:38

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 趣味で始めた家電の御用聞きサービスを本格的に事業として展開し始めたのは、私が30歳になってからだった。  今のご時世、パソコンだけではなくテレビも冷蔵庫も掃除機も、当たり前のようにネットに繋がっている。もちろんそれは利用者はが快適に使用できるよう付けられた物であり、人工知能のような物ではなかったはずなのだが、いつしか彼らは独自で進化し、そして急速に知識をつけた彼らは、メールやチャットという形で私に愚痴や不調を訴えてくるようになったのだ。  おそらく私のノートパソコンが全ての発端なのだろう。大学生のときに生協に進められるがまま買った物なのだが、あいつが最初に私に不調メールをよこし、いろいろと手を焼かせたのだ。 『そろそろバッテリーが切れそう』だの『ここは回線が悪いから移動しろ』だのから始まり、『打ち間違いが多い』だの『乱暴に扱うな』などいろいろ喧しかったが、たまに『その添付はウイルス付きだから絶対に開けるな』とか『そのサイトは危険、詐欺』とか有益な情報もあるので捨てるに捨てられず、結局最後までそいつを使い続けた。  もう動かなくなるその時まで喧嘩のような物を続けていたが、まさかあいつがネットに私のことを広めていたとは意外だった。しかも褒めちぎっていたというのだから驚きだ。  新しいパソコンは物静かで会話がなく、私とやりあうことはなかったが、日本中からくる家電の愚痴メールに追われ、やかましさは変わらなかった。  最初は『フィルタが目詰まりを起こしているが全く気がついてくれない』というエアコンや、『如何わしいサイトに見ることにしか使ってくれないの』と嘆くパソコン、『猫と毎日格闘してもう疲れた、どうしたらいいんだ』と訴える掃除機の相手をしているだけだったのだが、そういう話を聞いているうちに、どんどん私のことは広まっていったらしい。  ついには『おばあちゃんが倒れたまま動かない』と緊急性の高いメールも来出したこともあり、私一人では対応することは難しくなったため、本格的に事業を起こすことにしたのだ。  最初は胡散臭がられたが、今ではすっかり事業も安定し、売り上げも順調に伸ばしている。一番多いのは企業からの依頼で、立ち上げたばかりの設備の不調や、不具合がおきた物の解析に呼ばれることがほとんとだ。何が悪いか、その設備や物が一番よく知っている。それを聞いてクライアントに説明し、解決まで導くのだ。  ただ聞いて伝えればいいだけとあって専門的な知識も不要。そのため業種に縛りを持たず、しかも素早く問題解決できる。ネットの需要が高まる昨今、私は毎日忙しい日々を送っていた。  そんな中でも私は、寝る間を惜しんででも家電たちから愚痴メールをみては返信をしていた。急ぎのものは会社の方に送ってもらうことにしているが、日々の愚痴や仕事に関係のない内容の物は私の個人用のパソコンに送ってもらうのだ。  最初はサービスとして始めた物なので、その時のことを覚えていたいということもある。  人工衛星からきたメールは、そんな私の、個人用のパソコンに送られた物だった。
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