チョコレート大作戦!

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チョコレート大作戦!

イタリア人と日本人のハーフでほりの深い顔。顎の髭と黒髪が大人の男性として魅力的だと、目の前の女性レポーターは目を輝かせていた。テレビカメラの前で自分の容姿を紹介された高瀬(たかせ)は、ペコリと頭を下げながら笑顔を作った。 (俺じゃなくて店を紹介してくれよ) 高瀬が心の中で毒づいているとも知らずに、女性レポーターは高瀬の笑顔にテンションがあがっていた。 街の人気カフェ店を紹介するための取材を高瀬は受けていた。自身が経営する店、【プロメッサ】。コンクリート打ちっ放しの無機質な店内には沢山の観葉植物か飾られている。落ち着いた店内で過ごせるのも人気であり、黒のソムリエエプロンで給仕する男性スタッフも人気の一つ。カフェスペースの他にチョコレートを販売している。パティシエの免許を持つ高瀬が思案し、店内で作っているオリジナルチョコレートだ。このチョコレートがかなり評判が良く、少量ではあるが最近ではデパートに卸すようになったほどだ。取材が入ることは嬉しいのだが、高瀬はそんなに愛想がいい方ではない。女性レポーターの質問にのらりくらりと答えながら、早く終わらないかなとため息をつく。 「取材来たのって、清水アナだろ?俺が会いたかったわ、よりによってこんな男のところに取材なんて」 取材が終わって数時間後。スタッフの中村がエプロンをつけながら高瀬にそう言った。中村は高瀬の高校生の時の同級生で、【プロメッサ】で高瀬の右腕の位置にいる。店の売り上げ管理など裏方をメインにしているが給仕が忙しい時は表に出ることもある。 「よりにもよってって、何だよ」 「だってお前女嫌いの三十代イケメン店長じゃん。しかも年下のバイトくんにほの字の」 「〜〜っ!」 さあさあ、仕事だと中村が背伸びをして事務室から出ていく。そう、高瀬はゲイで今、片思いしているのは【プロメッサ】で給仕のアルバイトをしている大学生、三田(みた)だ。 半年前。 給仕の募集をかけていたところ、連絡をしてきたのが三田だった。チラシを見て連絡してきた三田は、その足で中村を尋ねてきた。少し赤みがかった髪、愛嬌のある笑顔。クリクリした大きな瞳。中村は三田を見るなり気がつく。 (あー、こりゃ高瀬の好きなタイプだな) 高校生の頃から高瀬を知る中村はすぐ分かった。実際、中村が後日、高瀬に三田の履歴書を見せると、目を輝かせていた。そして即、三田は採用となったのだ。 「お疲れ様です」 可愛らしい姿の割にはハスキーボイスな三田。その声が聞こえて、高瀬は思わずニヤつく。 「高瀬、顔」 横で中村に突っ込まれて、高瀬は咳払いをする。 三田がアルバイトを始めた頃は週二日のシフトだったが、その後一人辞めてしまった為、今は週四日出勤してくる。本当はもう一人、欲しいところだが、今のところ募集していない。取材が来るほどの繁盛店なので、少し三田に負担がかかっているのは否めない。しかしそれでも募集をしないのは人件費削減、という名の高瀬のわがままだ。 『どうせ三田に一日でも多く会いたいとか、そんな理由だろ。職権乱用じゃねえか』 かわいそうに三田くん、と中村に言われて何も言えなかった高瀬。しかし、中村は高瀬の職権濫用を知っていても、募集を出さない。費用が抑えられるならやむなし、と判断したようだ。そんなことがあったとは知らず、三田は今日も忙しそうに働いていた。 平日の午後。少しだけ忙しさが緩和された時間に、高瀬がレジ横のチョコレート専用のショーケースを見ていた。 「三田くん」 テーブルを拭いていた三田を呼びつけると、高瀬は顎のひげを触りながらこう言った。 「今年のバレンタインデーのチョコレート、試作品を作っているんだけど、よかったら協力してくれない?若い子の意見が聞きたくてさ」 「俺で良いんですか」 「甘いものは嫌いかな?」 「いいえ。むしろチョコ好きなんです。俺でよかったら」 やった、と心の中でガッツポーズ。 試作品を作って、バレンタインデーには『余ったからもらってくれるか』と、そっと本気のチョコレートを三田に渡す、というのが高瀬の作戦だ。三十代の男が立てた、まるで高校生のような計画。中村はそれを聞いて、小さくため息をついた。 そんな計画があるとはいえ、本業を怠るわけにはいかない。パッケージはシンプルなデザイン性のあるものを。見栄えより口に入れたときの美味しさを追求。【プロメッサ】のチョコレートを渡した子たちの恋が叶うようなチョコレートを。高瀬と三田は閉店後、数週間にわたって試行錯誤し、三種類のチョコレートの試作品を作り上げた。 【スイートバージョン】はミルクチョコをふんだんに使って、口の中で甘く溶ける。主に子供や若い子をターゲットにしたものだ。それに対して【ビターバージョン】は甘さはなく苦みが特徴。甘いのが苦手な男性にも好かれるようなすっきりとした味わい。【アダルトバージョン】はブランデーを混ぜ込んだ香りが強い大人向けのチョコレート。それぞれ贈る相手を思いながら選んで貰えるように考えて作ったものだ。 「うーん、商品名どうしようかな。いつも名前考えるのが大変なんだよなあ」 出来上がった三種類のチョコレートをテーブルに置いて、高瀬は悩んでいた。その隣で三田も一緒に商品名を考えている。そろそろ決定しないとパッケージの納品が間に合わなくなってしまう。腕組みをしながら顎の髭を触っていると、三田が呟いた。 「あなたが好きです」 高瀬はその言葉を聞いてぎょっとした。 (え、今なんて?) 三田が高瀬の方を見る。身長差があるので少し三田が高瀬を見上げるような形だ。 「あなたが好きです、ってイタリア語でどう言うんですか?それを商品名にしたら」 そう言われて高瀬は肩を落とした。 (なんだ、そうか、そうだよな) あなたが好きですという言葉を言われただけで、意識してしまうなんて。高瀬は顔を赤らめた。 「…僕はハーフだけどイタリア語は喋れないんだよ」 「あ!そうなんですか、すみません」 三田は笑いながら高瀬を見ると、その顔が赤くなっていることに気づいた。 「いっそそのままにしようか、日本語で『あなたが好きです』って」 試作品を手に取り、高瀬がそう言うと、三田は少し時間をあけて、そうですねと呟いた。 *** 「ちょっと、もう一回言ってくれる?三田くん」 メガネを外してテーブルに置き、目頭を押さえながら、中村は目の前にいる三田に答えた。 「高瀬店長の可愛いところ、見つけたんですよ」 中村と三田はたまに昼食を事務所で一緒にすることがある。今日も中村はコンビニ弁当を、三田は自作の弁当を食べていた。そんな中の、三田の発言に中村は頭を抱えそうになった。 「いつもはあんなにかっこいいのに、何か急に真っ赤になって」 「あー、はいはい」 (ホントにこの二人、どうにかしてくれ) 中村は高瀬から三田への熱い想いを聞かされて、三田からは高瀬の憧れを聞かされている。それぞれから聞かされているので、うんざりしていた。 (お前ら二人早くくっつけってば) それでも中村はお互いに好意を持っているようだと助言はしない。なぜならめんどくさいからである。人様の恋愛に付き合っている場合ではない。来週のバレンタインデーまでにやらないといけないことはたくさんあるのだ。 「店長もたくさんチョコ、貰うんでしょうね」 三田が高瀬に抱いている感情は憧れのようだが、最近どうもそれ以上なのかもしれないと、中村はたまに感じるようになった。高瀬が聞いたら泣いて喜ぶだろう。だけど中村は言ってやらない。構ってやる暇などないのだ。 バレンタインデーの一週間前くらいからチョコレートを求めてくるお客が多くなり、前日や当日はてんてこ舞い。さすがに人手が足らず助っ人を呼んだ。助っ人は三田の友人たちで【プロメッサ】が好きだという女の子もいた。その子を見て高瀬がモヤモヤしていたのは言うまでもない。 「なあ、中村。あの子、やっぱり彼女なのかなあ」 「いいから働け、高瀬!」 怒濤のバレンタインデー最終日。ヘトヘトになりながら、片付けをしているともう二十時になっていた。もうおしまいにしようと高瀬が言うとみんながほっとした顔をした。助っ人に来てくれていた三田の友人たちにも心ばかりのチョコレートが配られて大喜びされた。 「ありがとうございます。また声かけてください!手伝いに来ます」 そう言ってくれたのはあの女の子だ。高瀬が笑顔を見せると、その子はお辞儀をして三田の方に近寄った。 「じゃあね、お兄ちゃん。先、帰っておくね」 手を振って他の子たちと一緒に店を出て行った。 「お兄ちゃん」 肩を揺らしながら中村が笑う。 「…言うな、中村」 小声で高瀬が呟く。中村は高瀬を見てニヤリと笑いながらこう言った。 「俺は先に帰るけど。いいよな」 中村がいなくなれば、店に残るのは高瀬と三田の二人きりとなる。高瀬は手を合わせた。 二人になって数分後。帰ろうとしたときに、高瀬は作戦通りに手元に置いていたチョコレートを取り出す。今日売った『あなかが好きです』は三種類とも完売。三田はそれを少し残念がっていた。一つ欲しかったなーと帰り間際に呟いていたのだ。 「三田くん、これ」 高瀬が取り出したチョコレートは『あなたが好きです』の【スイートバージョン】だ。三田が甘いもの好きと聞いていたのもあるが、試作品を作っていたときに一番これを気に入っていた。高瀬は【スイートバージョン】に手を加えて、三田だけの【スペシャルバージョン】を作ったのだ。 「え、あの…」 「色々助けてくれたから残しておいたんだ。ありがとうね」 見た目は【スイートバージョン】と何ら変わらないが、食べたら分かるはずだ。それが【スペシャルバージョン】になっていることを。きっと三田は食べて驚くだろう。 「店長、ありがとうございます…」 チョコレートを手にして小声で三田がそう言う。ふと見てみると、その顔が何故か真っ赤になっている。 (…あれ?) バイト先の店長にチョコレートを貰っただけで、こんなに真っ赤になるのか?と高瀬は驚く。三田は耳まで真っ赤になっている。 「大切に食べますね!ありがとうございました!お先に失礼しますっ」 突然、三田はお辞儀をしてそのまま、走って帰って行ってしまった。その様子に唖然とする高瀬。 (もしかして、もしかする?) 高瀬は自分の頬も熱を持っていることに気がついた。さっきの三田の様子に戸惑いながらも前向きな気持ちがじわじわと起き上がってきてしまい、一人店内でニヤついていた。 一方の三田は、帰宅後、自室で高瀬がくれたチョコレートを眺めていた。試作品で何度も食べた【スイートバージョン】。わざわざ高瀬が手元に置いていたくれたことが嬉しくて。食べるのはもったいないなあと思いつつも少しだけ割って、口にする。そして三田は驚く。口の中に広がる甘さとともに柑橘の香り。それにカカオの香りも試作品とは明らかに違う。 (これ、もしかしたら、別に作ってくれた?) 高瀬の計画通り、三田はその特別な【スイートバージョン】に気づいた。ベッドに体を埋めて三田は悶える。高瀬がどう思ってこの一枚を作ったのかは、三田には分からない。それでも憧れている店長から手の込んだチョコレートをバレンタインデーに貰ってしまって、もう明日からどう接したら良いか分からない。なにより本当に自分は『憧れている』だけなのだろうか、と疑念すら沸いてくる。 (これもう、ほんと、俺、やばいよ) 翌日、中村が二人からそれぞれこのことを報告されてウンザリしたのは、言うまでもない。 【了】
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