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自らがつけている鳥面が嫌いだ。むれるし、邪魔だし、何より空気を感じることができない。だから最後に別れる時、揲という娘が何を思っていたのかがわからなかった。当然のように怒りか、それとも悲しみか、あるいはまったく別の感情かもしれない。それを知るすべなどはもはやない。
彼は篤驥からもらった金の入った袋を上になげた。手に落ちる時のジャランという音と金が生きているかのように動く感覚がたまらない。しばらくは博打にあけくれる生活がおくれそうだ。
そう考えていると突然すれ違った子供に指をさされた。
「母様、みてみて!鳥さんがいる」
小さな少女はつたない言葉で懸命に母親らしき女性に話しかけている。
「だめよ、指なんかさして。ほら、さっさと行く」
えー、と子供は名残惜しそうにこちらを見ながら母親の後を追っていく。
「鳥さん、ちゃーんと羽もあったよ。空飛べていいなぁ」
彼女が腕をパタパタと振る様子が見えた。
子供に何かと見られることは多い。鳥さんだのなんだの町中で大声をだす子供はやっぱり好きになれない。だが今日は不快さよりも疑問が勝った。
『鳥さん、ちゃーんと羽もあったよ。空飛べていいなぁ』
よみがえる幼女の言葉。鳥さんだと言われたことはあっても羽があるなんて聞いたのは初めてだ。羽なんてもの背中に生えているはずがない。
彼女の見間違いだろうかと思いつつもさきほどの幼女の真似をして二本の腕を開いたり閉じたりしてみた。着物が動くバサバサという音はしたが当然体が宙にうかぶことはない。当たり前だ、と本気になっている自分がひたすらに馬鹿馬鹿しかった。
腕を動かしたことで体がほんの少し温まり、彼は羽織を脱いだ。そして気がつく、羽の正体に。
「……ガキのくせにやってくれるじゃねぇか」
彼は鳥面の内で口の端を上げ、その羽織を片手に闇夜を進んでいった。
追記:本編である『偽龍の寵姫』を公開しました!
https://estar.jp/novels/25787046
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