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 胤歴248年 胤国(いんこく) 火曛(かくん)  ——お前をすぐにでもなぶり殺したい。 (せつ)は恨みのこもった目で頭上に座る男——夕雩(せきう)家の当主を睨んだ。  揲が連れていかれた広間には男の他に一人の武官しかいなかった。揲は体を縄で縛られているみじめな姿をさらされているようだった。  しかし今、ずっと追い求めていた仇が目の前にいる。故郷も、家族も、愛する人も奪っていった憎き夕雩家。その当主である男は碧眼の整った顔をしていた。  彼を見るだけで体が燃えるように熱くなった。興奮か、怒りか揲にはよくわからない。 「名は?」 男の低い声がふってきた。こたえずにいると男の傍にいた細身の武官が「名は揲、厦称(かしょう)御潴(みづま)と」とかわりに紙のようなものをよみあげる。 「爪をみせろ」 男は小さくうなずいたのち、高飛車に言い放った。誰がお前の命令をきくか、と揲は黙って男を睨む。  するとまたもや細身の武官が揲の傍により「宗主の言う通りにしろ、殺されたいのか」と小さく耳打ちをした。 「……動けるわけがないだろう」 揲は手を動かそうとしたが案の定縄が邪魔で何もできない。 「篤驥(とくき)、縄をといてやれ」 篤驥と呼ばれた武官は乱暴に縄をといて揲の手をつかみ、座上の男にかざした。 それをジッとみつめていた男はやがていやらしそうに口の端をあげる。 「間違いないな……お前が揲か」 男は立派な椅子からおりて揲に一歩二歩と近づいた。めずらしい青い瞳に心のうちまで見透かされているようだった。 「お前は余を憎んでいるのか?」 「……当たり前だ」 揲はうなるように言った。「稀珀家(きはくけ)を……私の主を殺したお前を許すわけにはいかない」 そうか、と彼は表情一つ変えずに澄ました顔をしている。 「余には跡継ぎがいない、娘は1人おるが(おのこ)には恵まれなかった」 突然何を言い出すんだこの人は。 油断しきった顔つきに、両手を武官につかまれていなかったら隙をついてその首めがけて刃をつきさせていたかもしれないと悔しい気持ちになる。 「何を言っているんだ、と思ったか?そうだな、もう少し話をさせてくれ。稀珀攻め……あれは見事だった。余は長年苦労していたのにこともあろうに一日で滅びてしまうとは…」 「……ふざけるな……あれはお前が……」 身をよじって武官の腕から逃げ出そうとするも細いくせになかなか力が強い。  結局、何もできずに息をきらしながら男を睨む。仇を前にして何もできないことがひどくもどかしかった。 そんな揲を見ながら彼は再び口を開く。 「実は稀珀を攻め滅ぼしたのは余ではない」 頭をガツンと殴られたような衝撃だった。 「嘘だ……!夕雩の旗印をこの目でしっかり見たぞ!」 「嘘ではない、あの日余は絮璆(じょきゅう)にでむいていた。しかしいざ火曛(かくん)に戻ると武官たちはみな酒をのんでどんちゃん騒ぎをしている。 ゆるみきった様子に一喝してやると『稀珀を討ったのですから今日くらいいいではありませんか』という驚くべき言葉が返ってきた」 男はたんたんと言葉をならべた。 「誰が指揮をしたのか問うとみな顔を見合わせた。どうやらずっと余がやったものだと思い込んでいたらしい。後からきいた話その手腕は実に素晴らしかった。余の後を継いで火曛を守っていく者にふさわしいと思った。何が言いたいかわかるか?」 ゴクリと唾をのむ。 「跡継ぎがほしい余と仇をうちたいお前。わかるか?目的は同じだ、稀珀攻めの首謀者を見つける」 ニッと彼が笑った。悪魔のような男だ。 気味が悪い、そして嫌な予感が脳内でうずまく。 「武官としてこの宮城(きゅうじょう)にひそみ、仇をみつけだしたいとは思わぬか?」 確信した、やはりあの炎は希望の火ではなかったのだ。 話は10日ほど前にさかのぼる——。
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