清算

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清算

 その時、大きなブレーキ音が耳をつんざいた。 「キキキィィーーッ」 「メキメキッ」  車体がグシャグシャにつぶれる音が続く。 「パァーーーーーーッ」  巨大なトラックのクラクションが鳴りっぱなしになっている。  トラックの横っ面に正面衝突した乗用車は完全に動きを止めた。 「なっ! おい、大事故だ!!」  俺はビックリして目の前の惨状から隣の内山に視線を移し、背筋を凍らせた。  内山は笑っていた。 細い目をニタリと緩ませ、口角を持ち上げて呟いた。 「返済完了」  「お、おい……」  俺は内山の肩をつかんで思わず手を引っ込めた。  冷たい? いや、痛い! ドライアイスを直に手で掴んだような痛みが脳天に突き刺さる。 「お、お前は一体……」  声が震える。  内山から感じる冷気がどんどん強くなる。 「何者なんだ……」 自分の声を聞きながら、俺は意識を手放した。  目覚めたのは我が家の寝室だった。 夢? 全て夢だったのか?  俺は内山の顔を思い出し、ブルッと頭を振った。 「夢だったなら、この痛みはなんなんだ?」  俺の右手の指は低温やけどをしたように赤くただれていた。  その時、携帯がなった。 「どこにいるの? すぐ病院に来て!」  ただならぬ妻の声に、俺は着の身着のままで病院へ向かう。  娘の病室から妻が目に涙を溜めて飛び出してきた。 「美穂は?」 「今オペ室よ。」 「何だってそんな急に?」 「今事故で亡くなった子の腎臓が、美穂の型と一致したって! 他にも色んな奇跡が重なったって! とにかく……これで美穂は助かるのよ!!」  翌朝の朝刊の地方版に小さく俺はその記事を見つけた。 『トラックに乗用車が突っ込む。ーーこの事故で乗用車に乗っていた矢崎宏さん(32)と妻のみどりさん(28)長女あかりさん(5)の死亡が確認された』  やっぱり。  間違いない。腎臓提供者は矢崎先輩の娘だ。  医者は言った。 「本当にいくつもの奇跡が重なりました。ここだけの話、提供者は即死で他の臓器はほぼグシャグシャだったんですけど、腎臓だけきれいに残っていたんです」  今、俺の脳内では内山の声がエンドレスリピートしている。 「返済不能な分は連帯保証人にも取り立てが及ぶんだ……君に過払いラックを支払うためにね」  深夜にまで及んだ移植手術は成功した。ベッドの上で今、美穂はスヤスヤと寝息をたてている。    愛娘の寝顔を見つめながら、俺は思案した。  神か悪魔か……俺は誰に感謝すりゃいいんだ?
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