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内山という男
「あ、財布忘れた」
ポケットをどれだけまさぐっても、無いものは、無い。
それはほんの軽いノリみたいなもんだった。
「内山、ジュース飲みたいからおごってよ」
たまたま中庭にいた内山は、断ればいいのに俺のそばに寄ってきた。
「……いいよ」
「いいのかよ! ラッキー!」
特に普段から仲がいい訳でもない内山に、その日俺はコーラをおごってもらった。
次の日内山は昼休みに呼び出されていった。次の日も、またその次の日も。
気になってみていると、内山は矢崎という先輩にたかられているようだった。
(ひょっとして、俺がおごらせてるのを見られてたのか?)
パシリをさせられている内山を見て、俺は罪悪感にさいなまれた。
「なぁ、お前さ、先生とかに相談した方がいいんじゃねぇの?」
俺はこっそり忠告したが、内山は
「……大丈夫だよ」
と、うつむいてそう言うだけだった。
矢崎の要求はエスカレートしていった。休日に連れ出されて財布がわりにされていたと聞くと、俺はいたたまれなくなった。
「ホントに大丈夫なのかよ? お前自分の昼飯買えてねぇじゃん」
購買のパンを根こそぎたかられた内山に、俺は自分のコロッケパンを押し付けた。
「こんなの、悪いよ」
かたくなに遠慮する内山にジュースを握らせ走り去る。
(何してんだ、俺……)
根本的解決になってないことくらい分かっていた。けど先生にチクって状況が悪化するのも怖かった。
そんなことをしているうちに二年がたち、俺は高校を卒業すると同時に近くの工務店に就職した。
必死に仕事を覚え、日々を黙々とこなす。
五年務めてようやく社会人としての流れをつかんだ頃、俺は職場で知り合った女性と結婚した。
それから三年後、俺は父親になった。地味だが平凡な人生。慎ましくも安定した日々。
俺はすっかり内山のことなど忘れていた。
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