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朱鷺色の翼
今でも時々、繰り返しみる夢がある。
屋敷の庭にあったクロガネモチの木を、縁側に座ってぼんやりと眺めている夢だ。クロガネモチの木には、綿毛のような花がいくつも開いている。そんなはずはないと、まじまじと目を凝らせば、それは花ではなく無数の小鳥の集団だとわかるのだ。胸元の羽毛が橙褐色の小鳥は雀に似ていた。
私は息を殺して待つ。小鳥達が、厳めしいクロガネモチの木を離れ、遠く青い空に飛び立つ瞬間を。しかし、その時は待てども待てどもやってこない。縁側を動こうにも動けない私の元にやがて訪れた母上様は、小鳥達を見上げて呆れたような嘆息を吐いた。
「あれは飛べない鳥ですよ」
そして、縁側に蹲る我が子を見下ろし、小鳥に向けたものと同じ溜息をつく。
「飛び方を忘れたのでしょう。飛べない鳥に、翼は必要ありません」
そのまま、小鳥達の翼をもいでしまいそうな勢いの母上様だったが、意外なことにその両の腕は私に向けて回された。背中からすっぽりと包み込むようにして抱き締める母の腕はあたたかく、慈愛に満ちている。背中に母の温度を感じ、ああ、私にも翼はなかったのだと、思い知らされるようだった。
「翼などなくても、あとりのことは、この母が必ず守ってあげます」
背中で母の声を聞きながら、ぼんやりとした目をクロガネモチの木に向ける。空を飛べず、地べたを這いつくばることも良しとしない小鳥達が、いっせいにこちらを見つめていた。恨みがましい目で。
深淵を覗き込むような黒々とした眼に魅入られる一歩手前で、私はようやく目を覚ますことが許されるのだ。
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