石のお姫様

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「聞こえますか?」  突然、天井の方から音がする。非常ボタンで連絡がつながったのだ。 「今すぐに対処しますので、もう少しお待ち下さい」  しばらくすると、ガタッと一瞬揺れてからドアが開いた。怜でも彼でもなく、胡蝶蘭を先に出してやると、その次に怜が、怜が出るのを見守るように彼は最後にエレベーターから降りた。 「……おめでとうございます」  改めて両手で抱えた胡蝶蘭を差し出すと、彼はまるで生まれたばかりの子供を抱きかかえるように、そっと丁寧に受け取る。 「ありがとう」  毒じゃない――そんな風に言ってくれた人は初めてだった。  何か言わないと。そう思うのに今度は言葉が出てこない。  自動ドアを抜け、若い社員がやってきて彼に声をかける。 「編集長、エレベーター止まったみたいで。大変でしたね。あの、今、尾垣君が」  その横から別の男性が顔を覗かせる。若い社員は軽く会釈すると事務所の中へと戻っていく。尾垣、というその男性は怜と同い年くらいに見える。社員証ではなくゲストバッジをつけていた。 「北川さん、お久しぶりです」  編集長の彼は、言葉を失って立ち尽くしている。沈黙が二人の間に流れる。  このまま立ち聞きするわけにもいかず、靴紐の解けたオフホワイトのスニーカーをずりずりとやって徐々に後ずさりする。  そうして背を向けて去る。呼び止める声が背中に聞こえた気がしたが、怜は気が付かないふりをした。
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