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初夏、緑豊かな爽やかな季節がやってきた。太陽のまばゆい光を惜しみなく受けた鉢植えの花々や葉で店頭は華やいでいる。
「怜ちゃん、お客さんみたい」
今朝新しく入荷した桃色のカーネーションを並べていると小池さんが声をかけてきた。「はーい」と間延びした返事をしながら表に出てみると、編集長の北川だった。ワイシャツの袖を半分までまくりあげ、涼やかな表情で笑顔を向けてくる。
「どうも」
「あ……」
こういうとき、気の利いた挨拶もできない。
怜は中途半端に口を開いたまま。
「北川です、エレベーターで会った」
「はい、知ってます」
なんて素っ気ない返しをしてしまったのかと一瞬後悔するも、どうしようもなくてうつむく。
「胡蝶蘭をお願いできますか? お祝いしたい人がいるんです」
「お祝いしたい人?」
「一緒に働いていた部下が、新しく会社をやることになったんです」
その喜びに満ちた表情で彼の中で、冷たく固くなって動かなかった何かが、ようやく溶けたのだとわかった。彼が今までの自分自身を受け入れ、そして尾垣というその部下にも幸せがやってきたのだということが。
あの瞬間に間違いだと思ったことが、その先で間違いのままにならなくて良かった。正解だと思える日が、彼にも、その部下の尾垣という人にも来たのなら――。
怜は胸の内が温かくなるのを感じる。
「準備しますね」
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