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店頭で見送る際、振り返り彼は続ける。キラキラと流れるように降り注いだ木漏れ日が、彼の靴元に小さくて、でも限りないほどに美しい模様を描く。
「あの日の胡蝶蘭」
「え?」
「事務所に飾っていたんですが、花が落ちてきてしまって」
怜は前に手を組み直しながら、『石のお姫様』の話を思い出す。
――お花のお姫様は、花を咲かせなくなりました。
――でも石ころになることはできず、やがて枯れ果てました。
「胡蝶蘭は二度咲きするんです。強いんですよ」
剪定して手入れしてやれば、数カ月後にはまた芽が出てくる。
美しく、そして強いのだ。
――君の言葉にあるのは毒じゃない。誰にもない、スパイスだと思うといい。辛くてもしょっぱくても、欠かすことのできないもの。
冷たい石になるのはやめよう。役に立たずに道端で蹴られるくらいなら、何度でも花を咲かせたい。それが誰かに必要とされているのであれば。
彼は車の方へ戻っていくと、ドアを開けて中に入り込む際、振り返る。
「今度、事務所に手入れに来てくれますか。それと……」
「……」
「やっぱり君は石ころにはなれない」
「へ?」
「振り向くくらいに、綺麗だし」
彼のちょっと困った笑顔に怜の心臓はドクンと鳴る。
あっという間に車は走り去っていく。その場に立ち尽くしたまま、車の走っていく先をただぼんやりと見つめる。彼の足元で煌めいていた木漏れ日は、まるでまだ彼がそこにいるかのように揺らめいている。足元でなぞりながら
「怜ちゃん、ちょっと手伝えるー?」
中からの小池さんの呼びかけに、返事する。鮮やかなグリーンの、芽吹き始めた小さなそれに、さっき水をやったときについた滴が踊るように光っている。
まだ、季節は始まったばかりだ。
《了》
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