石のお姫様

7/13

16人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 走り続けてきた。  誰になんと言われようとも朝も夜もなくずっと働き詰めで、編集という自分の仕事に誇りを持ち、キャリアを歩んできた。それが北川凌一の全てだった。  そんな彼を慕い、辛い仕事を共に乗り越えてきた、弟のようであり、戦友のようでもある部下がいた。一番期待していた後輩だった。  三年前、ある作品の出版で彼は部下のミスに気が付き、責めた。その本は予定通りの出版がかなわず、社は大事な作家を失うこととなった。彼はその部下がそんなミスをするはずがないと信じていた。  あいつにかぎって、そんなミスを――。期待ばかりが大きかったのだ。  だから部下がミスを認めたとき誰よりも失望し、厳しい言葉を投げつけた。そのときはそうするべきだと思った。ミスを乗り越えて、成長してほしかった。  でも部下は、会社を辞めた。 「先輩みたいに強くなれません」  そう言い残して去った。みんな、彼が追い詰めたせいではないと言う。あの人は犯したミスに耐えきれずに、自分からやめたのだと。本当のことは誰も言ってくれなかった。  部下のその後は知らない。知るのが怖かったのだ。もしも、編集者という仕事さえもやめてしまっていたとしたら――。  そのことを思うと、自分が成功しても、念願の編集長になれた今でも、心から喜ぶことができない。  自分が追い詰めて、誰かの行く先を、未来を奪ってしまったのだと思うとただ苦しかった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加