第1部 第15話 いざ、過酷な土地へ

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第1部 第15話 いざ、過酷な土地へ

 事情を説明し、宿の者に謝罪して。カミルの部屋を片付けて、二人はすぐに出発しようとした。  しかし、時は既に夕方近く。危険だから今日の出発は止めるようにと宿の者に止められ、二人はその言葉に従う事にした。  たしかに、暗い中で急いだところで、あまり成果は上がらない。下手をしたら、北の霊原に来た時の二の舞になるだけだ。  明るいうちに、少しでも進む。そう決めた二人は早めにベッドに潜り込み、翌朝早く、旅立った。とりあえずは歩きやすい場所へ……という方針の元、太陽が昇ってくる東方面へと歩いている。  宿の者が心配して持たせてくれた携帯食料を齧りながら、フォルカーが険しい面持ちで問う。 「けど、助けるったって……どこに行きゃ良いんだ?」  同じように携帯食料を齧りながら、テレーゼは一枚の紙を広げている。昨日、カミルの机の上にあった物だ。 「フォルカー、見てこれ」 「ん?」  紙を渡され、フォルカーは食料を飲み込んでから覗き込む。そして、「んー……」と首を捻った。 「これって、地図……だよなぁ? どう見ても」 「やっぱり、そう思うわよね?」  頷いて、テレーゼは再び地図を己の正面へと戻した。中央の街を中心に、北の霊原、東の沃野、南の砂漠、西の谷が描かれている。どう見ても、地図だ。  そして、地図の至る所にカミルの筆跡で書き込みがされている。文字もあれば、記号や図形もある。どうやらここにヒントがある、とテレーゼは感じ取った。  まず目に付くのは、中央の街。そして、西の谷。この二つの土地には、大きくバツ印が書かれている。そして、北の霊原にも大きくはないもののバツ印。それ以外の場所にはバツは無い。  思い付いたアイディアをメモ書きしただけのような文字もある。事前に調べたのであろう安全なルートを記したメモもある。何のための物なのか、たき火らしき落書きもある。しかし、それ以上にヒントになりそうな物は書かれていない。  何か見落としてはいないかと、テレーゼは地図に顔を近付ける。すると、地図からふわりと、インクとはまた違うにおいがする事に気が付いた。 「!」  テレーゼはハッと目を見開き、地図を顔から離してもう一度隅から隅まで見た。文字、記号や図形、そして落書きされたたき火の絵。 「ひょっとして……!」  言うなり、テレーゼは杖を手に取った。そして即座に、足元に小さなたき火を作る。その上に、地図をかざした。 「お、おいテレーゼ?」 「待って! 多分すぐに結果がわかるから!」  そう言っている間にも、地図に段々と変化が現れ始めた。これまで見えなかった色が地図上に浮き出し、段々色濃くなっていく。 「なっ……何だ、これ……?」 「あぶり出しってあるでしょ? 多分、あれみたいな感じなんだと思うわ。ただのあぶり出しだったら、こんなに色濃く出るとは思えないから……カミルの作った魔道具の一種なのかもしれないわね。一定の条件を満たさないと目に見えるようにならないインク、とか……」  五分もかからないうちに、地図はすっかり今までとは違う物となってしまった。  隅の余白部分に書かれている文字は、他人に見られたくない発明のアイディアだろうか? 日常生活のちょっとした愚痴なども書かれている。ひょっとしたら、机の上にあった紙類全てに、このような他人には見られたくないが書き留めておきたい事が書かれているのかもしれない。炙り出さなければ目に見えない、魔法のインクで。  その中でも、ひと際目立つ物がある。文字にすらなっていない。何かの図形にもなっていない。  ……いや、形にはなっている。だがそれは、ペンを使って描かれた図ではない。掌の形だ。掌にインクを塗って、そのまま押し付けたような感じの。紙から手がはみ出したのか、下半分が切れている。しかし、五本の指の形は綺麗に残っていた。 「これ……」 「多分……なんだけど」  地図から目を離さないまま、テレーゼは口を開いた。 「カミル……十三月の狩人に襲われて、多分、攫われたんだと思うんだけど。……攫われる時に、咄嗟にどこへ連れて行かれるのか、私達にメッセージを残したんじゃないかしら?」 「メッセージ?」  テレーゼは頷き、話を続ける。 「全部、推測よ? 多分カミルは、攫われそうになった時……抵抗して暴れるフリをして、魔道具のインクが掌に付くようにした。それで、この地図の上に手を置いて、場所を示してくれたんじゃないかしら……?」 「じゃあ、つまり……」  フォルカーが、もう一度地図を覗き込む。 「この掌の置かれた場所が、カミルが連れて行かれた場所なんじゃないかって事!」  二人の視線が、地図上の一点に注がれる。カミルの掌が残された場所。掌が半分切れてしまうほど、地図の下端。  掌の形は、南の砂漠を指し示している。 「よりにもよって……」  フォルカーが舌打ちをし、テレーゼは苦虫を噛み潰したような顔になった。  南の砂漠は、人跡未踏とまではいかないが、過酷な土地だ。太陽がぎらつき、常に焼け付くような空気が満ちているために何者も住む事ができない。  ただし、何者と言ってもそれは人間や魔族、精霊などの話であり、この過酷な環境で生きているモンスターはいる。それも、過酷な土地で生きているためか、出鱈目なまでに凶暴で強い。果たして、テレーゼとフォルカーだけで行ったところで、生きたままカミルを探せるかどうか……。 「……けど、行かねぇわけにはいかねぇよな……」  フォルカーの言葉にテレーゼは頷き、そして二人でまた地図を覗き込む。 「……で、どうやって行く?」 「ここからだと、ルートは二通り考えられるわ。まずはこのまま東に向かって、東の沃野を突っ切って向かうルート。二つ目が、中央の街に入って……街を突っ切って南の砂漠に入るルート」  そう聞いて、フォルカーは少しだけ首を傾ける。 「……違いは?」 「距離が全然違うわね。東の沃野を突っ切っていこうと思うとぐるっと大回りする事になるわ。中央の街経由だと……来た道を戻る事にはなるけど、それでも東の沃野ルートよりもずっと短い」  ただし、中央の街から南の砂漠に入るという事は、突然砂漠の中ほどに入るという事になる。しかし、カミル達と十三月の狩人が、砂漠のどこにいるのかはわからない。  例えば、もしテレーゼ達が砂漠の中央から入り、西へ向かった場合……カミル達も西にいれば見付けるまでの時間は短くなる。  しかし、もしカミル達の場所が東だったら……? 西の隅まで行って、また中央まで戻り、そこから東へと向かう事になる。砂漠を一回突っ切るだけの時間と体力を無駄にする事になるのだ。  それなら、最初から東の端から入り、西へ真っ直ぐに向かった方が若干マシかもしれない。  そう言うと、フォルカーは「うーん……」と唸る。 「中央の街から東の沃野の南端に入って、そこから南の砂漠に入るってのは?」  なるほど、フォルカーにしては考えたな、とテレーゼは思う。しかし、その方法は無理だ。 「南の砂漠に住んでいる凶暴なモンスターが入ってこないように、中央の街の南全面と、東の沃野、西の谷の南半分には高くて頑丈な壁があるの、知ってるでしょ?  出入りするための門はあるけど、西の谷、中央の街、東の沃野、それぞれの壁に一ヶ所ずつだけ。中央の街の門は南の砂漠の真ん中に出る場所にあるし、東の沃野の門は壁の東端。中央の街から東の沃野に入ろうと思ったら、結局東の沃野の中ほどからしか入れないわ。だから、その方法は無理」  フォルカーの案を採用しようと思うと、来た道を戻って中央の街に行き、そこから東の沃野へ行って、東の沃野の南半分をほぼぐるっと回って南の砂漠へ行く事になる。それなら、最初から東の沃野経由で行った方がマシだ。 「そっか……じゃあ、東の沃野経由で行くしか無いな。それに、来た道を戻るのも、何か嫌だもんな。苦労したし」  北の霊原へ向かって歩いていた時の事を思い出したのか、フォルカーは顔をしかめた。テレーゼも、同感だ。またあの湿った道を、苦労しながら、十三月の狩人に襲われながら、ほとんど睡眠も取れないまま何日も歩くなど、できれば避けたい。  東の沃野へと続く道とて、北の霊原と繋がっている以上は湿っている。……が、地図に書かれているカミルの情報によれば、こちらのルートの方がまだマシであるようだ。 「決まりね。東の沃野を通って、ぐるっと迂回。南の砂漠に東から入って、西に向かいながらカミル達を探す」 「見付けたら、無謀でも十三月の狩人に挑んで、カミル達を奪還だな。わかった」  頷き、そこでフォルカーはハッと顔を強張らせる。 「テレーゼ、来る!」  叫んだ途端に、矢が降り注いできた。矢は来た道に間断無く注がれ、容赦なくテレーゼ達を東へと追いやっていく。 「どうやら……どの道遠回りするしかねぇみてぇだな……」  苦笑しながらフォルカーがテレーゼの腕を引き、東へ走る。走りながら、テレーゼはちら、と後ろを見た。  何となく、だが。矢の勢いが、普段よりも弱い気がする。まるで、テレーゼ達をただ東へ行かせるためだけに戻れなくしているような……?  実を言うと、他にも何か、違和感のような物がある。それが何かは、まだわからないが。  首を傾げ、地図をちらりと見て。そして、今は逃げる事に専念しようと、テレーゼは走る事に集中した。  氷響月が――一年が終わるまで、あと十四日。
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