第1部 第4話  魔道具職人見習いと妖精

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第1部 第4話  魔道具職人見習いと妖精

 赤レンガの建物が立ち並び、露天商達が張りのある声で客を呼ぶ。  中央の街の賑やかな大通りを抜け、テレーゼとフォルカーは市街地の中心から少し外れた場所にある、こげ茶色を基調とした建物の前に立った。住居を兼ねた店舗で、扉にはドアベル、扉の前には看板。看板には、「魔道具屋」とシンプルに書かれている。  テレーゼが迷い無くドアノブに手をかけ、扉を開いた。カランコロン、という軽快なドアベルの音が響いて、奥から「はい」という可愛らしいがどこか大人びた声が聞こえてくる。  声が聞こえてから数秒。きらきらと光る、小さな何かが飛んできた。光るそれは、よく見れば人の形をしている。テレーゼの肩に座れそうなほど小さくて、黄緑色のドレスを着ていて、背中からは透明な羽根が生えている。妖精だ。  妖精の姿に驚く事無く、テレーゼとフォルカーはニコリと笑った。 「こんにちは、レオノーラ。カミルはいる?」  すると、妖精――レオノーラは「あら」と嬉しそうに呟き、「はい」と頷いた。 「いらっしゃいますわ。すぐにお呼び致しますわね」  そう言って、レオノーラは店の奥へと体をくるりと回した。 「カミル=ジーゲル様! テレーゼ=アーベントロート様とフォルカー=バルヒェット様がご来店なさいましたわ!」  レオノーラが呼ぶと、奥から「すぐ行くよ」という声が聞こえてくる。そして、本当にすぐに、一人の少年が姿を現した。優しそうな目が笑っている。二人が訪ねてきた目的の人物、カミルだ。 「いらっしゃい、テレーゼ、フォルカー。今日はどうしたの? また何か、壊した?」 「フォルカーと一緒にしないで頂戴!」 「今日は壊してねぇよ! 井戸縄は切っちまったけど!」 「フォルカー、余計な事は言わないの! ……って、そう言えばフォルカー、井戸縄直さないまま来ちゃったんじゃ……」  テレーゼの言葉に、フォルカーは「あ」と呟き、次いで「やべっ!」と叫んだ。今頃、井戸を使いたい人が困っているか、怒っているかしているかもしれない。帰ったら、誰かしらからの説教は免れないだろう。連帯責任で、テレーゼも怒られるかもしれない。 「何でフォルカーのドジに、私まで付き合って怒られなきゃならないのよ!」 「わ、悪ぃ……」 「悪ぃじゃないわよ! どうせ本心では反省してないでしょ!? 反省無き謝罪は不要! 態度で示しなさい、態度で!」  テレーゼの剣幕にフォルカーがしゅんと項垂れ、その様子にカミルが苦笑する。 「相変わらずだね。それで、何かを壊して修理しに来たんじゃないなら、どうしたの?」  問われて、テレーゼは「そうそう」と頷いた。 「カミルに訊きたい事があって」 「訊きたい事?」  不思議そうな顔をするカミルに、テレーゼは再び頷いた。 「カミル、十三月の狩人、って聞いた事ある?」 「十三月の狩人?」  一瞬だけきょとんとして、カミルはすぐに「あぁ」と心得たように頷く。 「あれだよね? 誰にも訪れないのに、誰かに訪れる、謎の十三月。その時に現れて、獲物と定めた人を追いかけ回すっていう怪談の……」  そうそう、と頷いてフォルカーが楽しげに言う。 「テレーゼとその話になってさ。そのうち、どんな奴が十三月の狩人に狙われるんだろーって、テレーゼが怖がりだしたからさぁ」 「ちょっと、フォルカーだって怖がってたでしょ!」  目を剥くテレーゼに、フォルカーは「そうだっけ?」と頭を掻く。どうやら、本当に忘れている様子だ。テレーゼはため息を吐き、カミルに向き直った。 「そんなわけで、どんな人が十三月の狩人に狙われるのか気になっちゃって。それで、カミルなら物知りだから、知ってるかも、って」 「うん、それにもしかしたら、カミルも一緒に怖がってくれるかもしれねぇしな。カミルの方が怖がってりゃ、テレーゼはあんまり怖くなくなるかもしれねぇって」 「それを言ったのはフォルカーでしょ!」  フォルカーは「たはは……」と苦笑いをしている。どうやら、今度は覚えていながらわざとテレーゼのせいにしたようだ。  カミルはと言えば、「酷いなぁ」と言いながらも楽しそうに笑っている。それから、少しだけ申し訳無さそうな顔をした。 「残念だけど、僕もそれほど詳しい事は知らないんだ。僕よりも、レオノーラの方が詳しいかも」  そう言って、傍らで楽しそうに話を聞いていたレオノーラに視線を遣る。レオノーラはにっこりと美しく笑い、頷いた。 「えぇ、十三月の狩人の事でしたら、カミル=ジーゲル様よりは少々多くの事を存じ上げていると、自信を持ってお答え致しますわ。そして、フォルカー=バルヒェット様やテレーゼ=アーベントロート様がお話しなさらずとも、既にカミル=ジーゲル様が十三月の狩人を恐れておいでだという事も」 「ちょ……レオノーラ!」  顔を赤くするカミルに、レオノーラはころころと笑う。 「良いではありませんか。恐怖は、危機を回避し、成長するために必要な感情ですもの。怖がりで、子ども騙しの怪談にも恐怖を抱いてしまうカミル=ジーゲル様は、きっと将来、目覚ましく成長なさいますわ」  レオノーラはフォローしているつもりなのだろうが、カミルの顔は更に赤くなっている。その様子に、レオノーラはまたころころと笑う。 「それで……十三月の狩人のお話しですわね? その存在は、私のような妖精族の間にも伝わっておりますの。獲物として狙うのは、日々の鍛練を怠り成長が見込めない者。十三月の間に何人を狙うのかは存じ上げませんが、どうやら大雑把な基準を元に狩人がその時の気分で選んでいると聞いた事がございますわ。全身が黒く、感情を伺えない存在。狩人の名にふさわしく、その黒い強弓の精度は百発百中。動かぬ相手であれば、貫かぬ事はございません。どこにいても必ず獲物を見付け出し、どこまでも追ってくる。相手が誰であろうと容赦せず、獲物を仕留める為であれば、どんな手も辞さない……あら、どうかなさいまして?」  テレーゼ達の顔が青褪めている事に気付いて、レオノーラは首を傾げた。 「……レオノーラの話の通りだとすると、私達……」 「ばっちり、十三月の狩人に狙われる条件満たしてんじゃねぇか……」  鍛錬を怠っているのかどうかはともかく、いつまで経っても魔力が増えず、魔法が上達しない魔女。  ドジで、周りに気を配れない剣士。  少なくとも、狩人が獲物として定める条件は満たしている。そして、それ以外に満たすべき条件は無く、狩人はその時の気分で獲物を選ぶと言う。テレーゼ達が獲物に選ばれないための要素は見当たらず、後は運に頼るのみ、だ。  顔を引き攣らせてうーうーと呻く二人に、カミルは苦笑する。そして、「そうだ」と何かを思い出したように言った。 「十三月の狩人に狙われなくなる方法とかは残念ながら知らないんだけど、自分が狙われているんだとすぐにわかる方法なら、あるよ」  その言葉に、テレーゼとフォルカーは揃ってガバリと顔を上げ、カミルに詰め寄った。 「カミル! それ本当!?」 「流石カミル! やっぱり、何でも知ってるんだな!」  瞳を輝かせる二人に、カミルは少し照れたように俯いた。そして、「うん、あのね……」と、どこか緊張した面持ちで言う。 「氷響月になる前に、枕元に、氷響月と花降月の暦を置いておくと良いらしいよ。それで、氷響月の三十二日になったら、用済みになった氷響月の暦を捨ててしまうんだって」 「暦を……」 「捨てる?」  不思議そうに首を傾げる二人に、カミルは頷く。 「うん。氷響月の三十二日のうちなら、いつでも良いんだ。とにかく、寝る前……花降月になる前に、枕元には花降月の暦だけ、って状態にしておくと良いんだって」 「花降月になる前? 夜、花降月になるまで起きてて、それから氷響月の暦を捨てて寝るんじゃ駄目なのか?」  首を傾げたまま問うフォルカーに、カミルは「駄目なんだって」と言う。 「僕も、なんでそれが駄目なのかまではわからないんだけど……」  言いながら、手元にあった引き出しを開け、がさごそと漁り始めた。 「けどさ、その……暦を枕元に置いておいて、不要になった分を捨てるなんて、元々やってて習慣付いてないと忘れそうだよね。もう紅塗月の終わりだから、今から習慣にするのも難しそうだし……だから、その……」  カミルは非常に言い難そうに口籠りながら、二枚の羊皮紙を取り出した。テレーゼとフォルカーが覗き込んでみれば、それはどちらも、紅塗月の暦だ。紙の四隅に、これが魔道具である事を示す紋章が描かれている。 「これ……月が変わると、勝手に次の月に書き換わる暦……。安くしとくから、良かったら……買わない?」  恐る恐る言うカミルに、テレーゼとフォルカーは顔を見合わせ、そして吹き出した。 「なんだ、商売のための嘘かよ、カミル?」 「う、嘘じゃないよ! 暦を枕元に置いておくと良いっていうのは、本当で……」 「そうよね」  頷き、テレーゼは微笑んだ。 「カミル、絶対に嘘ついたりはしないものね。だからこそ、いつまで経っても商売が下手なんだろうけど……」 「そうなんですのよねぇ……」  困ったように、レオノーラがため息を吐いた。 「カミル=ジーゲル様は、魔道具職人としての腕前は、既に一人前でございますわ。それに、人当たりも良うございますから、同業の方々とも揉める事無く、お話しをする事がおできです。ですのに、そのお優しいお人柄から、いつまで経っても商売がお下手で……お客様に下に見られ、値切られたり、結局購入して頂けなかったり……これさえ無ければ、いつでも支店を任せる事ができると、ヴァルター=ホルツマン様も仰っておいでですのに……」 「お、親方の事は、今は良いよ……」  やや消沈した様子のカミルに、フォルカーが少し意地悪気な笑みを浮かべて近寄った。 「つまり、アレだな。いつまで経っても商売が上達しねぇカミルも、十三月の狩人の獲物に選ばれる可能性があるってわけだ」 「嫌な事言わないでよ!」  悲鳴のような叫び声をあげるカミルを宥めつつ、テレーゼはフォルカーの頭を軽く小突いた。 「今は、それを言うタイミングじゃないでしょ、馬鹿フォルカー!」  そして、カミルの方に向き直る。 「だ、大丈夫大丈夫! 私達と違って、カミルは本当に頑張ってるんだし! それに、まだ紅塗月よ? あと一ヶ月で、全員が一気に成長する可能性だってあるじゃない!?」 「テレーゼ=アーベントロート様、それはいささか、楽観的に過ぎません事?」  呆れたように言うレオノーラに、テレーゼは「良いじゃない!」と眉を吊り上げる。そして、再びカミルに向き直った。 「カミル、その魔道具の暦、買うわ。もしも十三月の狩人に狙われたとしても、絶対に逃げ切ってやるんだから!」 「あ、ありがとう……」  礼を言うカミルに銅貨を手渡し、テレーゼは暦を受け取った。やはり怖い事に変わりはないのか、フォルカーも同じようにする。 「もしも、カミルも十三月の狩人に狙われたりしたら……私とフォルカーが助けるわ。だからカミルも、もし何かあったら、私達を助けてくれるわよね?」 「それは……勿論!」  力強く頷くカミルに、テレーゼとフォルカーは頷き返す。そしてしばし雑談をしてから、二人は家路に着いた。  氷響月が――一年が終わるまで、あと三十六日。
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