死にかけて

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 その時、コツコツと靴音が響いたかと思うとドアが開いた。  いつもの様に、スープ皿を取りに来たのだろう。  高そうな靴を履いた大きな足が、こっちに近づいて来るのが見えた。  薄れていく意識の中で、ふと気づく。  これまで、高そうな靴を履いた大きな足を見た事はなかった。  私に近づいて来た事も。  それがどういう意味なのかを考える前に、意識はプツリと切れたのだった。  パチパチと薪のはぜる音が聞こえてくる。 (あったかいな……)  自分は死んで天国に来たのだろうか。  目を開けるのが億劫で、そのまま微睡んでいると冷気が当たる。  寒さで震えていると、柔らかい毛布を掛けられたのだった。 (えっ……)  そっと目を開けると、じっと私を見下ろす人影が見えた。  瞬きをして目を開けると、それが体格のいい男だとわかったのだった。 「ようやく目を覚ましたか」  低く冷たい声音に鳥肌が立つ。 「あ、あ……」  体が震えて、声が出てこない。  忘れる訳がない。ここに来た時、最初に会った男であり、私をあの冷たい部屋に入れた男が目の前にいる。  中世のヨーロッパの様な派手な服を着て、白藍色の髪を背中まで伸ばした男は、冷たい灰色の両目を細めてじっと見下ろしていた。 「まさか、あの外気とほぼ同じ部屋に二日も居るとは思わなかった。もう少しで凍死するところだったぞ」  逃げ出そうにも身体に力が入らず、起き上がる事さえ出来なかった。  半身だけ起こすと、自分が寝かされていたのは、暖炉の目の前に置かれたソファーだと知る。  手首と足首に繋がれていた枷は外されて、擦れて赤くなった痕が残っていた。 「で、死にかけて、口を割る気になったか? お前はどこの国の刺客だ?」 「刺客……?」 「おれを殺したら報酬を渡すと言われたんだろう。いくらだ?」 「何も言われてません……」 「なんだと?」 「刺客じゃありません。私はただ家の玄関扉を開けて中に入っただけなんです。  そうしたら、この場所に出て、明かりが漏れている部屋に近づいたら貴方がいて……」  掠れた声には説得力がなかった。  その証に、「またその話か」と男は呆れたように、白藍色の頭を掻く。 「その話はあの時も聞いた。作り話にしては無理があるぞ」 「ほ、本当なんです……! 信じて下さい……」
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