死にかけて

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「扉を開けただけなら、どうしてここにいるんだ。この城に普通の人は入って来れない」 「普通の人は入って来れないって……?」  喉が詰まって咳き込む。まともな食事をしていない身体に長話は耐えられなかった。  私が咳き込んでいる間に、男はそっと離れると部屋から出て行く。  しばらくして戻って来ると、手には白い湯気が立つマグカップが乗ったトレーを持っていたのだった。 「白湯だが、飲めるか?」  私は頷いて男からカップを受け取ると、ふうふうと息を吹きかけて口をつける。  冷え切った身体に白湯の温かさが染み入ったのだった。 「温かい……」  ぽつりと呟いてから男に視線を移すと、トレーを置いて、隣の椅子にやって来たところであった 「沸かしたてだからな」  椅子に座った男の両手を見ると、何故か革で出来た不格好な手袋をつけていた。 「そういえば、まだお前の名前を聞いていなかったな」 「真白(ましろ)。真っ白と書いて、真白っていいます」 「真っ白? 真っ黒の間違いだろう。髪も目も黒なのに」 「それは日本人なので……」 「ニホンジン? 聞いた事ないな。この辺りの国の人間じゃないのか……?」  考え込んでいた男だったが、すぐに頭を振ると「いや、今はいい」と呟いた。 「おれはポラン。ポラン・ネルヴェ。この雪氷に閉ざされた国・ミュラッカの王だ」 「氷雪に閉ざされた国? 日本じゃないんですか?」 「ニホン? 何を言っているんだ。 ここは王であるおれが住むミュラッカの城だ。お前は城内の国王の自室に勝手に入って来たんだ」 「そんな筈はありません! 私は自分のアパートの部屋に入っただけです。 そうしたら、見知らぬ通路に出て、戻るにも入ってきた扉が無くなっていて、それで仕方なく明かりが漏れていた部屋に入っただけで……」  私の言葉に、男は、ポランは「だがな」と話し出す。 「毎年この時期は降雪が酷く、国民には国内外への外出を制限している。  特に今年は降雪量が多く、城の門も固く閉ざしているから、普通は誰も入れないんだ。……おれの命を狙う、他国からの刺客や暗殺者を除いてな」 「私は刺客でも暗殺者でもありません。どこにでもいる普通の会社員です!」  私の言葉にポランは溜め息を吐く。私はまた咳き込みそうになって、白湯を口にしたのだった。 「わかった。そこまで言うなら、もう一度、お前の……真白の話を聞かせてくれないか。どうやってこの城に現れたのかを」 「わかりました……」  私はまた白湯を口にすると、ゆっくり話し出したのだった。
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