第一話

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第一話

『遼君にとっては面倒臭くても、俺、好きになっちゃったみたい。"人生はチョコレートの箱、食べてみるまでわからない"だっけ。本当にそうだよ、俺、君のことを好きになるなんて夢にも思わなかった。連絡、待ってるから』 あのメッセージへの返答らしい返答は無かったが、電話番号から送れるメッセージで、『この間2件目に行ったバーで会いましょう』と無機質な文面が送られてきた。 結局その週の木曜日に会うことになり、仕事終わり、俺は店へと向かった。 遼君はすでに来ていて、カウンターの一番奥に座っていた。 隣に座ると、一瞬こちらへ視線を投げてすぐに逸らした。最初の柔和な印象とはえらく違う。あの、ホテルで見た冷たい瞳だった。 バーテンダーがこちらへ来たので、「同じものを」と注文し、コートをハンガーに掛けた。 出されたカクテルはモスコミュールだった。遼君は相変わらず一切こちらに興味を示さないように、グラスを傾けていた。そして10分ほど立ってやっと「あんな陳腐なセリフ、よく言えますね」と言った。 頬がカッと熱くなった。でも、あれが自分にできる等身大の気持ちだったのだ。 「フォレスト・ガンプみたいな人が良いって、言ってたから」 遼君は、ハッと鼻で笑った。 「あれはものの例えでしょう…。本気にするなんて思ってなかった」 「だって、他に良い告白の仕方が、思いつかなくて…」 「告白?あれ、告白だったんですか?」 わかってなかったのかよ、と突っ込みたくなった。そしてわからなかったのなら、なんで今日来てくれたんだろう。 「会って1回セックスしただけの人間をすぐ好きになれるんですか?おめでたい人だな」 不躾な物言いに、さすがに頭に来て怒鳴りそうになったが、こんな場所で大声は出せない。深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。そして、できるだけ丁寧に言葉を選んだ。 「別に、セックスだけじゃないよ。単純に、遼君って分からずにメッセージのやり取りしてた時も、良い子だと思ったからあの日会おうと思ったわけだし。…そしたらまさか、登録したその日にバーで会ったバーテンダーだったなんて、運命も感じたんだ」 言い切って遼君を見ると、一瞬呆気に取られた様な顔をして、すぐ笑い出した。 「何か、おかしいかよ」 笑われる様なことは、言った覚えは無い。少し氷で薄まったモスコミュールを一気に煽ると、遼君がやっと口を開いた。 「偶然…いや、運命だって思ってんですか?」 「あぁ」 「偶然なわけないでしょ」 今度は、俺が驚く番だった。遼君はどうでも良いという風に、言葉を続けた。 「へべれけで登録してた貴方のIDと名前を盗み見たんですよ。それで顔がタイプだったから、Loveを送った…いけませんか?偶には、いかにもノンケな人を誘うのも、悪く無いかなって」 おめでたい人、そう言った遼君の表情が頭にフラッシュバックした。意味を理解すると、急に体温が冷たくなったような気がした。 「ショックを受けさせてしまったなら、ごめんなさい。今日来たのも、あの意味分からない言葉の意図を聞きたかったのもありますけど、前も言った通り体の相性が良かったから-」 「もう、いいよ」 これ以上言葉の続きを聞きたくなくて、遮った。 顔が上げられない。きっと、俺は死ぬほど情けない表情をしてると思う。 「勘違いして、悪かった。俺、ちゃんと遼君と話し合ったら分かり合えるんじゃないかと思ってて。でも、違うんだな」 絞り出す様に、「ここは良いから、今日は帰ってくれ」と言った。 きっと、「そうですか」と冷たく言い放っていなくなるだろうと思った。しかし一向に動かない遼君を不思議に思い、顔を上げると、遼君は唇を噛み締めて此方を見ていた。 「結局、あんたの気持ちも上辺だけじゃないか」 「えっ…」 「これぐらいで諦めるような気持ちで、簡単に好きとか言うなよ。だから嫌いなんだよ、人間なんて…」 遼君は乱暴に札をカウンターに置いた。そして、「もう僕に構わないでください」と店から出て行ってしまった。 「なんで、だよ…」 一人残され、呆然と呟いた俺の問いに応える人は今度こそいなかった。 傷つけられて、弄ばれたのは俺のはずなのに。 なんでお前が。 「あんなに傷ついた顔、するんだよ…」 ぽとり、とグラスの水滴がコースターの外へと溢れた。それがどうしてだか、俺には涙に見えた。
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