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リンガは赤毛の言った通り、どうということのない普通の安酒場だった。
カウンターで飲み物を注文してから便所に立った。ヤク中たちがひとりもいない。それが逆に不自然すぎる。小さな犯罪を隠すのは大きな犯罪を隠すため。すなわちリンガはマフィアの支配下にある。
便所の窓を開けた。鉄格子の隙間から警察身分証と手錠を捨てた。
指令センターに精神電話サイコフォンを繋ぐ。
――特捜の朱雀警部だ。歌舞伎タウンのリンガの窓から身分証と手錠を捨てた。回収して欲しい。
――直ちに手配します。
便所を出た。リンガの店内の奥に、地下へと続く階段が見えた。見るからに屈強な黒服の男がふたり、無用な人物の立ち入りを防ぐべく立ち塞がっている。
黒服たちの前に立ち止まった。
「地下へ行きたいのだが」
「合言葉を」
「ロード」
「失礼します」
ふたりのうちのひとりが金属探知機を、もうひとりがX線スキャナーを俺に向けた。ブザーが鳴る。
「武器をお持ちのようですね。お預かりします」
「丸腰でいろと?」
「警備態勢は万全です。武器は必要ないかと」
「しょうがないな」
9㎜口径グロック17を預けた。
「撮影機材や録音機材はお持ちでありませんね」
「当たり前だ。そんなものは持っていない」
「では、ご入場ください」
階段を降りる。降りてすぐに両開きの扉がある。やはり黒服が待ちかまえている。
「会場内では必ず脳内をオフラインに保ってください。オンライン脳の状態でいますと強制退去していただくことになります。また、会場内における撮影、録音、精神電話の使用は固くお断りさせていただきます。お帰りになる際は別室にてオークションにまつわる脳内記憶を暗号化させていただきます。暗号化された脳内記憶にはお客様ご自身と我々のみがアクセス可能となります。もしも承服出来かねる点がおありならこのままお帰りください」
「問題はない」
「では、良きお時間をお過ごしください」
厚い扉が左右に開かれた。眩い光に圧倒されそうになる。
バニーガールに導かれて最後列の端の席に着いた。
「ご来場は初めてですか」
「どうやら初めてのようだ」
金持ちぶった態度を装って見せる。
「パネルのご説明をいたします」
卓にはタッチパネルが拡がっている。入札金額を入力するためのものだろう。
「いやけっこう。分からなくなったらその都度訊くから」
「では、良きお時間を」
バニーガールは姿勢を正して去ってゆく。
前方にはステージ。
客席は五十。そのうち三分の二が埋まっていた。
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