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大陸の東方に位置している島嶼国家である敷嶋は、隣国である大陸国家・ツァザールとの間に、積年に渡る領土紛争を抱えていた。
両国の間にある豊鄕島の領有問題、それは、両国にとって喉に刺さった棘のように厄介で根深く、解決し難い問題である反面、時として、国内問題から国民の目を逸らさせるための格好の口実ともなるものでもあった。
約三十年前に生起した豊鄕島の領有権を巡る敷嶋とツァザールとの紛争は痛み分けに終わり、豊鄕島のその西部は、島の中程を流れる子皆川を休戦ラインとして、南側は敷嶋、そして北側はツァザールが統治することで停戦協定が結ばれた。
時折、それなりの小競り合いは起きるものの、停戦協定の元で豊鄕島の平穏は概ね保たれていた。
しかしながら、ここ二十年ほどの間に起きた化石資源から水素燃料へのエネルギー革命は、石油の輸出が外貨獲得手段の大きな柱であったツァザールの経済状況を次第に悪化させていった。
経済状況の悪化は社会不安を呼び起こし、一党独裁政権であるツァザールの政治体制への反対運動という形で、それは顕在化していった。
武装警察を出動させることで、取り敢えずは反対運動を鎮圧したツァザール政府であったものの、国内に燻る人々の不満自体を根こそぎに出来る訳は無かった。
経済状況の回復が本質的な解決策であるものの、一朝一夕にそれが叶う筈も無い。
そこでツァザール政府が目を付けたのは、豊鄕島の領土紛争問題だった。
豊鄕島の領土紛争問題に火を点けることで国民のナショナリズムを煽り、政府に対する不満を紛らわそう、それがツァザール政府の目論見であったのだろう。
また、実利的な面としても、豊鄕島の領土紛争問題を蒸し返すことは、ツァザール側にとってメリットがあった。
停戦ラインである子皆川から南に100㎞ほど離れた場所に位置する守屋鉱山。それは、今や、水素を精製する際の触媒として需要の高い、とあるレアメタルの一大産出地であった。
紛争が終結した約三十年前、そのレアメタルは然程重要なものではなく、守屋鉱山は見向きもされない場所であり、停戦協定が結ばれる際においても、守屋鉱山の領有権は何ら問題とならなかった。
しかし、ここ二十年のうちに生起したエネルギー革命の中で、そのレアメタルの価値は急上昇し、それに比例するように守屋鉱山の価値も高まっていった。石油の輸出が外貨獲得の大きな柱であり、そのためエネルギー革命の波に乗り損ね、かつ、そのレアメタルの産出量も乏しいツァザールは、本土及び豊鄕島に幾つかのレアメタルの鉱山を擁し、エネルギー革命の恩恵を受けつつあった敷嶋に対し、一種の嫉妬の念を募らせつつもあったのだった。
そんなツァザールにとって、謂わば目と鼻の先にある守屋鉱山は、経済的な観点から見ても、喉から手が出るほど欲しいものであったのだ。
ツァザールは敷嶋を挑発した。
手を変え、品を変え、理不尽とも言える挑発を繰り返した。
敷嶋は抑制的ながらも、断固としてその挑発に対応した。
第三国による調停も効を為さなかった。
ツァザール側にその事態を沈静化させる意図が無い以上、その応酬はエスカレートする他に無かったのだろう。
応酬がエスカレートし、次第に両国間の緊張が高まる中、子皆川沿いに位置するツァザール軍駐屯地において爆破事件が発生した。
これを敷嶋の仕業だと糾弾したツァザール側は、敷嶋側に対して事態への謝罪と賠償、豊鄕島からの撤兵、これらに加えて守屋鉱山を含む地域の割譲を要求した。
そして、これに応じない場合は開戦も止むなしと通告した。
それに対し、爆破事件をツァザール側の自作自演と断じた敷嶋側は、ツァザール側の要求に一切応じなかった。
万一に備え、豊鄕島に配備している北方第一師団の戦力増強を図った。
豊鄕島の緊張は高まった。
そして
戦端は、開かれた。
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