自慢話のあの子はどの子?

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自慢話のあの子はどの子?

男は時間軸の狭間からターゲットの昔の軸にやって来た。空中から地表に降り立った時、周囲に誰もいない事を確認した。基本的には人気が無い場所にワープするのだが、時々人とばったり出くわす事がある。その時に重宝するのが催眠スプレーだ。時渡り専門に道具を作る道具屋から仕入れるのだが、これが単純でいて優秀な代物だった。 「ふう。今回は何事も無くて何よりなこって」 《この時間軸のあなたの年齢は0歳です。滞在時間は認識されるまで無限です。この時間軸での歴史変更を希望しますか?》 頭の上でプログラムされた女性の声がそう問うと男の目の前に「YES」と「NO」の青いコマンドボタンが現れた。男は迷い無く「YES」のコマンドボタンを押した。例え、歴史変更をしなかったとしても問題は無い。反対に「NO」を押してしまうとあらゆる制限が掛かり、動きづらくなる。只、「YES」のコマンドを選んだ時間軸は一度出てしまうと「NO」のコマンドを選んだ時よりもクールタイムが長い。つまり、次に入れる時迄の時間に差が生じるのである。 《YESのコマンドを受け付けました。クールタイムは滞在時間+240時間です》 男の腕時計には「∞」のマークが印字され、電子時計板には滞在時間が秒単位で刻まれ始めた。直ぐに人が向かって来るのを感じた男は素早く、その場にある木の上へとするする登って行った。木の上から改めて自分が滞在する時間軸の世界を見渡した。 「いや~33年前の世界かあ~」 見渡して、そこが小学校で有る事に気付くと男は時計を二回ほど指先でトントンと軽くタッチした。青い光が逆さまの円錐形をして現れて、その中にはいくつかの道具が入っている。その中にはあの催眠スプレーも入っている。実はこの腕時計も道具屋から買った物で、どの時間軸でも最大10個までのアイテムを持ち込める収納ボックスでもあるのだ。その原理を前に聞いてみたが、専門用語が酷過ぎて全く意味が分からなかったので理解するのをやめた。 「ま、俺は使うの専門だしねぇ~っと」 取り出したのは望遠鏡だった。それを持って、校舎の方へ眼を向ける。下から順番に見える範囲で該当者を探す。やがて、一つの教室に視線が止まった。階層からして恐らく小学校高学年のクラスだろう。レンズのポイントと倍率を合わせて、再度覗き込む。小さなレンズを通して見た光景に男は思わず「ゲッ」と小さく声が漏れた。机の上には酷い落書きとビリビリにされた教材が散らかっていて、そこに座る少年は俯いて、唇を噛みしめている。男はひと際目が良い。目を凝らしてジッとその少年を見つめていると太ももの辺りに何か赤いものが見える。それは一本の線になっていた。担任の教師は知ってか知らずか授業を進め、鐘の音が鳴ると授業を終えて教室から出て行った。 大人が居なくなったその教室は阿鼻叫喚だった。酷い状態でジッと耐えていた少年に複数人が群がり、殴る蹴るの暴行を繰り返した後、口の中に雑巾のしぼり汁を流し込んだりしていた。そして、太ももから流れていた赤い線の正体はやはり血だった。少年が椅子からずり落ちると綺麗に接着された画鋲がビッシリと椅子の座面に敷き詰められ、少年のものと思われる血で染まっていた。 少年がずり落ちた衝撃で外れた幾つかの画鋲を一人の別の少年が拾い上げて、倒れ込んだ少年の手の爪の間に突き刺し、悲鳴が上がると其れを声を高くしてゲラゲラとツバを飛ばしながら笑っていた。その顔は醜く、吐き気を催す程だった。 爪に画びょうを刺された少年が縋る様に足に手触れると、その手を踏みつぶし、髪の毛を掴んで、顔面を座面の画鋲に叩き付けた。周囲の何人かは引きつった顔をしているが、誰も止めに入る事も誰かを呼びに行く事もせずじっとその様を見ている。 「まるで茹でガエル状態だな」 男は双眼鏡を目から離してそう呟き、眉間を揉んだ。その直後だった。甲高い悲鳴が上がったと同時に何かが叩きつけられたのかぶつかったのか、物凄い音がした。慌てて、双眼鏡で同方向を見やるとそこから飛び降りたとみられる遺体が横たわっていた。頭から落ちたと思われる体は酷いものだったが、上に視線をやると男の血の気が引いた。声までは聞こえないが読唇術(どくしんじゅつ)を心得ている男には上から階下を覗き込み、指を差す幾人かの唇の動きで何を言ってるのかが直ぐに分かった。 「見て見ろよ。アイツの脳みそ飛び散ってるぜ」
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