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何時か必ず
峰岸氏が死亡したニュースが流れてから数日、あの依頼人の奥様が代表取締役社長に就任したらしい。あの奥様は夫である太蔵氏に押さえつけられていただけでとても優秀な人材だった。奥様は就任してまず行ったのは社員達に対する太蔵氏の非道な行いに対する謝罪と、退社し体を壊してしまった人々への救済、出来る限りの再雇用であった。
「上が変わると茹でガエル君達もようやくヤバさに気付くからね~」
「その茹でガエルって何なんです?」
「ん~? 熱湯にカエルを放り込んでも“熱い!”と飛び出して行くけど、水から少しずつ茹でて行くとカエルは気付かないで死ぬまで茹でられてしまうのさ」
「あ~…成程。傍観者の事ですか」
「お! 良く難しい言葉知ってるね! 流石だぞ!」
「馬鹿にしないで下さい。僕はもうすぐ中学1年生ですよ」
少年が新聞を読む男からそれを取り上げようとした時だった。不意に事務所のドアが数回ノックされた。その後に入って来たのは40代から50代前半のトレンチコートを来た男だった。胸のポケットから警察手帳を出し、自分が刑事で有る事を告げた。
「これはこれは、刑事さん。又来たんですか?」
男の飄々とした軽い態度が刑事の勘に触る。実は刑事が此処へ来るのは今回が初めてでは無かった。以前にも事件が起こり、この男と男の傍らで鋭い眼光で睨み付ける少年が捜査線上に上がった。物証も確証も全て揃っているのに、逮捕出来ない。その理由は絶対的なアリバイだった。
「それで? 今回の容疑の内容は?」
「分かっているだろ! 殺人だ!!」
「おやおや、それは物騒だ。話を伺いましょうか。どうぞ」
激高する刑事を嘲笑う様に男は立ち上がると刑事をソファーに誘導した。少年が彼にお茶を出すが、其れを飲む気は更々ない様だ。
「●月×日午後12時から12時30分、お前は何処に居た!?」
「此処に居ましたよ。お客さんが来てましてねぇ~ 監視カメラの映像も有りますよ。リアルタイム付きでね」
「その客人と何を話した」
「守秘義務がありますから、お答えするには逮捕状をお持ちいただかないと」
「クソっ!」
刑事は提供された監視カメラ映像が入ったディスクを手にその場で確認をし出した。そのデータに記録された時刻は峰岸太蔵氏が殺害される時刻そのものだった。事務所に訪れていたのは太蔵氏の奥様であり、このカメラ映像と周辺の防犯カメラ映像でも確認が取れた為、三人のアリバイは立証された。だが、不思議な事に会社の防犯カメラには男と少年と思われる姿が映っているのだ。少年の方は少々見た目が変わって居たが、背格好的には同じくらいだった。
「どうなっているんだ!」
「さあ、俺に言われてもねえ」
「お前達がやったんだろう」
「俺達にはアリバイがあります」
決して否定はしない男に刑事は益々苛立ちを隠せなかった。それに会社の防犯カメラ映像には社長室以外に彼等の姿は映って居なかったのだ。まるで空中から急に現れたかと思えば、惨たらしい行いを行った後、跡形も無く消え去った。まるで、マジックを見てる様な早業だった。
「必ず、お前の! 否、お前達の尻尾を掴んでやるからな!」
刑事はそう吐き捨てて、事務所を騒々しく立ち去って行った。
「騒々しい男だねぇ~」
男はそう言って、新聞をゴミ箱へと突っ込んだ。
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