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蕾
「なんで私を……好きになってくれたのでしょうか?」
緊張しすぎて直球になりすぎた言葉に、私自身が固まった。
やっと聞いてくれるんだ、と櫻井は小さな声でそう言った。
「中二の時に一回会ってんだよね」
「嘘、どこで?」
「水泳部の試合で。友達の応援にたまたま行っててさ。そん時オレ髪長かったし、ちょっと色も抜いてたんだよ」
「覚えがない」
「すれ違っただけだから」
それ会ってない! という私の文句に櫻井は笑った。
「でも、水澤はオレの事見てたよ。見て、隣にいた女の人に『何に反抗してるんですかね』って言った」
「あー…… あれ?」
それに関しては、なんとなく覚えがあった。
仲の良かった先輩と、お弁当を取りに行ったときに確かにそんな男の子を見た気がする。
先輩の格好いいねと言う感想とは裏腹に、中学生でそれいいのか?っていうくらいの茶髪で明らかに浮いていた彼を見て、私はただ、ああ、反抗してるんだなと思ったからそう呟いただけで。
聞かれていたのか、本人に。
「口が過ぎて、ごめん」
陰口のつもりはなかったにしろ、良い気はしなかったはずだ。私は櫻井に謝った。
でも櫻井は、笑った。
「それ聞いた時に、なんかオレ腹が立つより、すーっごい恥ずかしくなっちゃって。子供ですねって言われた気がしてさ」
私は戸惑っていたけれど、とても楽しそうに話す櫻井に、無言で頷くしかなかった。
「それから、すぐ髪を切りに行った。そんで、そん時反抗しまくってた父親に、オレは自分の思った通りに生きたいんだ! って宣言した。って言われても意味わかんないと思うけど。当時のオレにとっては一大決心だったわけよ」
「私の一言がそんな大事に……」
櫻井は可笑しそうに笑った。
「そうそう。大事だよ。生き方変えたからね。でもそのお陰で親とは話し合う事が出来たし、人生を選ぶチャンスを得られた。それで、この高校に入学してしばらくした時に、水澤を見つけたんだ」
「一年の冬じゃなくて?」
「うん、違う。嬉しくなってすぐに話しかけようとしたんだけど、水澤の放つ寄ってくんなオーラにどうしようかずっと考えてた」
「寄ってくんなオーラなんて出してないよ」
「それにいつも昼休みになると、水澤消えるし。なんかイライラしながら探してた」
「ストーカー?」
また櫻井は大きな声で笑った。よく笑うな、ホント。
「男なんて、皆こうだって! 気になったらどうしても探すし、見つけられなかったら、関係ないのに感情が揺れたり」
「……それはわかる」
「でしょ。そんで、ここに来てる事がわかって、どうしようもなくなって声を掛けました。まさか、こんなにも振られ続けることになるとは思わなかったけど」
そう言いながら首を傾げる櫻井に、私は不覚にもどきりとした。
「さて、水澤? オレが好きになった理由というか、きっかけを話したわけだけど。何か気持ちの変化があったわけ?」
意地悪くそう聞いてくる櫻井に、私はうっと言葉を詰まらせた。
「別に……、ただ聞いてみただけ」
「そうなんだ?」
「……そう」
いつもの通りに、そっかーと流す櫻井の顔は、いつもより楽しそうに見えたのは、見間違いではないだろう。
私達はまた何でもない話をして帰った。
だけどこの日を境に私の心は大きく変わった。
固く閉ざしていただけの蕾は、 咲く時期を待ちながら、花を咲かせる準備に取り掛かる。
それはきっと、とてもゆっくりとしたペースで。
私の胸の中で、いつか櫻井の笑顔を糧に花は咲くのだろうか。
そして私はその日を少しだけ楽しみにしながら、櫻井の待ついつもの場所へと今日も向かう。
大丈夫。
私の蕾は枯れてない。
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