かめはめ波

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関西芸人の南野は、3ヶ月ぶりの芸人としての仕事で島根県にロケに来ている。 普段は居酒屋と不定期の土建屋のアルバイトで嫁さんと子供2人を養っている為、なんとか今日のチャンスで爪痕を残そうと意気込んでいる。 昼休憩になり、嫁さんが持たしてくれた500円を握りしめてご飯屋さんを探す。 チョイ役の彼にはお弁当など出ないのだ。 しばらく歩いていると、昔ながらの雰囲気が残る住宅街に入ってしまった。 しまった、こんなとこに飯屋はないよなと思っていると、目の前に普通の一戸建て3つ分ぐらいのどデカい家があらわれた。 すげーなと思うのも束の間、南野はすぐにある一点に目を奪われてしまう。 「関根」という表札の横に、それと同じ大きさの張り紙が貼ってあり、そこには、 「かめはめ波、教えます」とだけ書いてあったのだ。 なにこれ、めっちゃ気になるやん。 休憩後から話のネタに使えるかもしれんな、なんかちょっと怖いけど、まだ時間もあるし話だけでも聞いてみよかと、思い切ってインターホンを押してみる。 「はーい」 元気のある女性の声だ。 「あっ、すいません、かめはめ波教えますっていう張り紙を見たんですけど、少しお話を聞かせていただきたいんですが」 「‥あっ、また、あの人か‥ちょっとお待ち下さい‥」 明らかに声のトーンが下がる。 ガラガラ。 ドアが開いて門扉まで小走りで来てくれたのは、高校生ぐらいの制服を着た、ウソみたいな美人の女の子で、南野は一気にドキドキしてしまった。 「すいません、お忙しいところ‥」 「あの、申し訳ないんですけど、ウチそういうのやってなくて、父が勝手に貼ってるだけなんで、今までも何度か来られたんですけど、全部お断りしてまして、」 女の子は小声で申し訳なさそうに頭を下げた。 「あぁ、そうなんですか!いや、こちらこそすいません!」 南野も慌てて頭を下げる。 もしかしたらお父さんがボケてしまわはったんかな、悪いことしてしもたなと後悔する。 そうして、2人でペコペコしながらサヨナラしようとした時だった。 「おっ!なんだお客さんか?」 野太い声に南野が顔を上げると、開けっ放しの玄関から、その「父」らしき人が顔を覗かせていた。 針金のような髪の毛がゴワゴワと生えていて、眉毛も異常に太く黒々としている。顔自体もゴツゴツしているが、怖い系の顔ではなく、柔和で優しそうな笑顔だった。歳は60ぐらいだろうか。 美人さんが「しまった」という顔をして、 「あ、父です‥」 と仕方なさそうに紹介してくれる。 同時に南野をどう説明すれば良いのか悩んでいるようだった。 南野はその「父」の顔をどこかで見たことがあるような気がしていた。 「あっ!‥間違ってたらすいません、もしかして近鉄ドリームスの関根さんですか!?」 「ええ、いかにも」 なんと、玄関から出てきたのは元プロ野球選手で、5年連続で3冠王を獲得したレジェンド「関根信太郎選手」だったのである。 レジェンドは古びたジャージに草履の格好だったが、プロレスラーも顔負けの筋骨隆々としたガタイは現役時代のままだった。そしてなぜかトランシーバーのようなものが入ったポーチを腰に巻いていた。 「うわっ、マジか!僕めっちゃファンやったんですよ!え〜マジか、えっと、ごめんなさい、握手して頂いてもいいですか?」 「もちろん、私なんかでよければ」 にこやかに応じてくれる関根さん。 「うわ〜、ありがとうございます。関根さんの3本足打法いっつも真似してたんですよ」 「そうですか、いやいや、お恥ずかしい」 「じつは表の張り紙を見まして、アレは関根さんが書かれたんですか?」 憧れの人に突然出会えた喜びにより、その他の思考が停止してしまった南野は、横で娘さんが苦々しい顔をしている事にまったく気が付いていなかった。 「あぁそれで訪ねてきて下さったんですか!まぁまぁこんなとこで立ち話もなんですから中に入って下さい、どうぞ、どうぞ」 恐縮しながら家に入っていく南野。 「私は着替えてきますので、ゆっくりしていって下さい。カオル!お茶をお出ししなさい」 30畳ぐらいの茶の間に通されて、緊張しながら正座をしてお茶をすする南野。 娘のカオルさんはお茶を持って来てくれたあと、すぐにどこかへ行ってしまった。 「関根信太郎!参る!!」 突然地鳴りのような声が響いて飛び上がりそうになる南野。 まさに、ズン、ズン、といったかんじで茶の間に入ってくる関根。 真っ白な道着に黒帯を締め、針金のような髪の毛がビチビチのオールバックに固められている。そして腰には先程のトランシーバーのポーチだ。 ドシン! と、あぐらをかいて南野の向かいに座る関根さん。背筋をスッと伸ばして、まっすぐ南野を見据える。 威圧感の化身。空気が張り詰める。 先程までのにこやかな雰囲気はどこへ行ってしまったのか、まるで別人のように豹変した関根に南野は頭の整理が追いつかなかった。 「では、聞かせてもらおう。君はなぜ強くなりたい」 ドスの効いた低い声が茶の間に響く。 「えっ?‥」 「君の求める強さとはなんだ」 南野の頭がさらに混乱していく。 「‥強さ‥ですか」 重い静寂。  関根は微動だにせずに鋭い眼光で返答を待っている。 南野は必死に頭を回転させる。 おそらく、「かめはめ波」を習得する理由を聞かれてるのだろうが、理由も何も本気で学べると思って来たわけじゃないし、 ただの興味本位で来てしまっただけなのだが、、、 でもそんな事を「この」関根さんに言えるわけがない。 この人は完全に大真面目だ。 冗談の要素が微塵もない。 よもや適当な返答をするのはこんなに本気で来てくれているレジェンド関根さんに失礼だ。 よし、オレだって芸人の端くれだ。ここは正面から受けて立とう。 「僕は今、関西で芸人をやらしてもらってるんですが、たまにちょこっとテレビに出れるぐらいで、主な収入源は居酒屋と土建屋のアルバイトなんです。 でも実は嫁さんと子供2人がいまして、ちゃんと養っていけるのか将来がとても不安で、もしかめはめ波を習得できればこんなすごい特技は他にありません。 話題になって仕事がたくさん貰えれば、お金に困ることはないと思うんです。 すいません、お金の話ばっかりしてしまって」 目を閉じて話を聞いていた関根は、少し間を置いてから口を開いた。 「ボウズたちはいくつだ」 「4才と1才です」 「可愛い時期だ」 目を閉じたまま少し微笑む関根。 「了解した。ついてきなさい」   スッと立ち上がり茶の間を出て行こうとする関根。 「ごちそうさまでした!」 台所にいた娘さんにお礼を言って、慌てて後を追う南野。軽く会釈するカオル。 ズンズンズンズン歩いていく。 南野が小走りになっても追いつけないほど速い。 チラッと腕時計を確認する。 しまった、 ロケ地へ戻る事を考えたらあと15分しかない。どうしよう。 「5分もあれば君の素質は判断できる。問題ないか?」   振り返りもせずに関根が聞く。 なんで分かったんだろう、すげーな。 「あ、はい大丈夫です!」 家の裏側には小学校の体育館ぐらいの道場がそびえ立っていた。 「おぉお押忍ぅう!!!」 またしても地鳴り声を発して道場に入っていく関根。 「お、おぉっすっ!」 南野もいちおう言ってから入る。 そんな脆弱な声でどうする!! と怒られないかドキドキしたが大丈夫だった。 道場の真ん中に立つ2人。 「私は現役時代、毎日ここでバットを振っていた。感覚を研ぎ澄まし、全身の筋肉を極限まで解放させ、特注の300kgのバットが爪楊枝のように感じた時、アバンストラッシュが出たのだ」 「あ、あばんすとらっしゅ!?!?」 「向こうの壁に傷がいくつかあるだろう。あれは全てアバンストラッシュによるものだ」 「ウソでしょ!?マジっすか!」 「やってみせよう。少し離れていなさい」 腰を落として体をねじり始める関根。 「ちょ!ちょっと待って下さい!!」 慌てて距離をとる南野。 「あれっでもバットは‥」 「もはや必要ない」 ピュっ! 上半身が消える程の腕の振りから発生した三日月状の空間の歪みが壁にブチ当たる!! バァアァーン!!!! 激しい音が響き、 道場全体が地震が起きたように激しく揺れる。 「うわああああ!!!」 立っていられず尻もちをつく南野。 ゆっくりと揺れが収まっていく。 腕を振り切った状態で静止している関根。 道場の壁には新たに大きな傷が刻まれていた。 腰が抜けてへなへなになっている南野。 「‥それってもうソニックブームですよ‥」 か細い声でつぶやく。 スッと姿勢を戻し、道着を整える関根。 「さぁ、やってみなさい」 「いや、できるか!!!」 心からのツッコミが道場にこだまする。 「見よう見まねで構わない。それで素質は判断できる」 呆然と関根を見上げる。 「やるのかやらないのかどっちだ」 フラフラしながら立ち上がり、腰を落とし、体をひねってみる。 「‥‥」 いや、なにしてんのオレ。 つうかさっきのなんなん!? 現実?これ現実?できるもんなん? ソニックブームってできるもんなん? 「合図が必要なのか?」 しびれを切らす関根。 「あっすいません!」 もう一度腰を落とし直して体をひねる。 ブン!! 「‥‥」 アイーンの形で固まる南野。 静まり返る道場。  恥ずかしくなり姿勢を戻す。 関根は腕を組み仁王立ちで南野を見ている。 「ど、どうすか?」 おずおずと尋ねてみる。 何かを考えている様子の関根。   「‥実は1年前に妻が出て行ってしまってね‥」 「えっ?あっ、はい‥」 「私はこうと決めたら自分の考えを決して曲げないから、妻は色んな場面で我慢してくれていた様なんだが、ある時つい言葉の弾みで言ってしまったんだ」 「‥なにを言われたんですか」 「お前は人として価値がないと‥」 「なんでそんなこと言うたんですか!?」 思わず声が大きくなる南野。 「おごりや慢心だ。しかしそれに気付くのが遅すぎた。それからだよ、娘が口をきいてくれなくなったのは」 ‥‥ガガ‥ガガ‥ピー‥‥ 関根の腰のトランシーバーから声がする。 「‥‥広島県、尾道市の炭滝山付近で土砂災害が発生、生き埋めになった住民が多数いる模様。繰り返す‥ガガ‥」 「それって‥」 「警察無線の傍受だ。すまないが私は行かね ばならん!危険を伴うので同行するかは君に任せる。3秒で決めてくれ、あと君に素質はない!」 「あ、ああ、そうですか‥いや、行きます、行きます!!」 ヤケクソ気味に答えてしまう南野。 「いくぞ!」 車に飛び乗る2人。 現場に着いたあとの関根は、まさに獅子奮迅の様相で、ビル10階分ぐらいはあろうかという土砂に埋もれてしまった被害者を、次々に救助していった。 警察や自衛隊も彼の事をよく知っているのか、あえて黙認しているように見えた。 「いつからこういう事をされてるんですか?」 住宅内に入り込んだ土の撤去作業をしながら、南野は聞かずにいられなかった。 「現役を引退してからすぐだ。これは私の天命だと思っている」 「いつ、如何なる時でもですか」 「そういうことだ」 「‥なるほど。‥心配だったでしょうね。奥さん」 「‥ああ。苦労をかけた」 ゴゴゴゴゴゴゴ!! 突然地面が揺れる。 「逃げろ!!崩落だ!!」 急いで外に出ると、土砂崩れが起きたさらに上から雪崩のような崩落が始まっていて、警察や見守っていた住民たちが叫びながら必死の形相で逃げ惑っていた。 人々の上から降り注いでくる土砂や岩を 関根が次々にソニックブームを乱れ打ちして、落下する前に空中で粉々に破壊していく。 南野はただオロオロするのみだ。 関根は視界の端に、倒れて動けない小さな男の子をとらえる。 上からは巨大な岩が迫っている。 瞬間にアレはソニックブームでは破壊できないと判断し、凄まじい脚力で男の子に駆け寄り、ガバッと覆い被さる。 ドオオオォーンッ!! 2人の上に落下し砕け散る巨大な岩。 「関根さんっ!!!」 砂埃が晴れると、関根がうずくまっている。 「‥さぁ、行きなさい」 関根の脇腹から這い出てくる男の子。 「南野くん、その子を連れて逃げてくれ」 関根は意識が朦朧としている。 走ってきた男の子を抱き上げる南野。 「関根さんも早く!!」 「万事休す!!行け!!!」 激しく吐血する関根。 目をギュッと閉じ、断腸の思いでその場から離れ去る南野。 腕の中で男の子が震えているのを感じる。 ハァ、ハァ、ハァ‥走れ!走れ! もっと速く!関根さんの思いをムダにするな! ハァ、ハァ、 ダメだと分かりながら後ろを振り返る。 さらに巨大な土石流が関根の頭上から迫っていた。 「せきねさっ!‥うわっ!!」 ブゥウウゥン、きぃぃい!! 南野の背後から原チャリが猛スピードですり抜けて急ブレーキで止まる。 土石流を睨みながら、静かにヘルメットを脱いで原チャリから降りる学生服の女性。 「えっ!娘さん!?」 カオルは腰を落として体をひねり、脇腹の横で両方の掌を軽く重ねる。 「かあぁぁ‥」 「めえぇぇ‥」 まさか。 「はあぁぁ‥」 「めえぇぇ‥」 キュイイィィィイン!!! 重ねた掌から、青白く凝縮されたまばゆい光が溢れ出す!! 「波っああああああっ!!!!!」 カオルが両手を突き出すと同時に、目を開けていられないほどの激しい光が辺り一面を覆う。 思わず目を背けて、男の子を抱きかかえるようにして守る南野。 光が感じられなくなり、ゆっくり目を開けて振り返ると、 目の前にあったはずの巨大な山が、キレイに消し飛んでいた。 うずくまった関根がうつろな目で顔を上げると、カオルが不機嫌そうに自分を見下ろしていた。 「死ぬなら、お母さんに謝ってからにしてくれます?」 「‥おっしゃる通りです‥」 関根さんが救急車で運ばれて行くのを見届けたあと、すっぽかしてしまったロケのスタッフに電話をかけた。 「おまえ、もう一生使わへんからな」 プープープー。 当然である。 後日、関根さんが入院している病院にお見舞いに行くと、意識が戻ったばかりの関根さんが脱走したと大騒ぎになっていた。 行き先に心当たりはあったが、オレは黙っていた。 少ししたら娘のカオルさんも来たので2人でカラカラと笑い合った。 カオルさんによると「かめはめ波」の張り紙は、関根さんがカオルさんとの会話の糸口にならないかと考えて貼っていたらしい。 ただしカオルさんは貼られる度に無言で剥がしていたんだとか。 病院の入り口でカオルさんと別れて、駐車場に向かおうとした時、携帯が鳴った。 居酒屋チェーンの支店長だ。 「お前、来月から店長やらへんか?」 いちおう収入は安定しそうだが、芸人の夢を諦めたわけじゃない。必ずひと花咲かせてやる。
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