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「ぬらりひょん様、九桜院さちでございます。ふつつか者でございますが、よろしくお願い致します」
白無垢姿のさちは、ぎこちない動きで頭を下げる。礼儀作法は嫁入りの数日前に、たたき込まれただけだった。
さちの目の前には、あやかしの総大将と言われる、ぬらりひょんがあぐらをかいて座っている。長い髪と整った顔立ちは、とてもあやかしとは思えない。ぬらりひょんとは、巨大な頭をもつ異形な化け物と聞いている。しかし目の前にいるのは、ただの美しい男のようであった。
(今から私は、この方に喰われるのね)
さちは自分の定めを誰より理解していた。幼き頃より繰り返し言い聞かされてきたのだから。
「さち、良いな。おまえはぬらりひょん様にその身を捧げるために生まれてきたのだ。おまえのような卑しい娘が、九桜院家の跡取りである、姉の蓉子の身代わりになれるのだ。喜んで責務を果たせ」
「はい、旦那様」
さちが旦那様と呼ぶのは、自らの実の父親である。母が屋敷の使用人であったため、父と呼ぶことを許してもらえなかったのだ。
この世に生を受けた瞬間から、姉の身代わりになることを定められた少女は、その不遇な運命を疑うことさえできなかった。
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