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ぬらりひょんは呆気にとられたような顔をした。なぜそのような顔をするのだろう? とさちが思った瞬間。ぬらりひょんは大声で笑い始めた。
「なんという娘だ。あやかしに喰われるため、『そーす』をかけましょうか、とは。これほどのぼんくら娘を嫁によこすとは九桜院家の奴らは、わしを馬鹿にしているらしい」
「な、何かいたりませんでしたか? 失礼をしたのでしたら、お詫び致します」
さちは慌てて頭を下げる。
「……だか、おもしろい」
笑うのを止めたぬらりひょんは、にたりと笑った。
「さち、『そーす』とはハイカラ料理のことか?」
「は、はい。洋食の調味料のひとつです。揚げたてのコロッケや豚のカツレツにかけるとそれはもう美味しく……」
「作れるのか? ハイカラ料理を」
「はい。少しですが、奉公先で覚えました」
「では作れ。ハイカラ料理を」
「作って良いのですか? 卑しい私が料理をしても?」
「あたりまえではないか。おぬしはわしの嫁になったのだから」
「私は貴方様に喰われるために、ここに参りました」
「勿論喰うとも。その細っこい体が、ふっくら肉付きが良くなったらな。その時は美味しくいただくさ。心も身体も、じっくりと、な」
ぬらりひょんは話すのを止め、さちを見つめながら怪しく微笑む。しかし純朴なさちには、言葉の真意が理解できない。きょとんと呆けた顔をしている。
ぬらりひょんはコホンと咳ばらいをすると、再び話し始める。
「さて、どうする? そのまま喰われるか、わしのために料理をするか? 選ぶがいい」
九桜院さちは、まだ知らない。やがて自分が、「ぬらりひょんのぼんくら嫁」と呼ばれ、こよなく愛されることを。ぬらりひょんの妻として、あやかしたちに慕われることを。
愛された記憶などないさちにとって、愛し愛される生活など考えたこともなかったのだ。
「さちは料理を作ります。ぬらりひょん様、いえ、旦那様のためにハイカラ料理を作らせていただきます!」
それは不遇なさちが初めて心から望んだ願い、そして、しあわせへの第一歩であった。
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